試練、あるいは(3)
「なるほど」
この姿なき魔物にとって、ライヒェルトはそれまで出会ったことのない、不思議な人物だったに違いない。
「驚いただろうね。どんな人なんだろうって思った。彼に興味を持った。知りたいと思ってしまった」
初めて目にする驚きが興味を生み、尽きぬ興味の井戸から問いがわきだし、数々の問いから謎が生まれる。
謎のヴェールが妖しく他人を包み込む時、恋は始まるのかもしれない。
【詩人】のラトゥリク『兄さん』に思い切って相談してみたら、軽くギターをつま弾きながら、こんな回答をしてくれたことがある。
その時はよくわからなかったし、今でもそうだけれど……。
誰彼構わず憧れて好きになってしまう自分を、大人な言葉で肯定してもらえたような気がして、とてもうれしかったのを覚えている。
もし誰かに恋愛相談を打ち明けられたら、絶対に否定しないで聞いてあげようと思ったものだ。
『うん。君が知ってることを、教えて』
「いいよ……」
ロシュは相談者の要求に従った。
たびたび息をついて休みながら、あこがれの人と過ごしてきた日常を思い返す。
とんでもなく計算が早かったり、忙しいのに魔法の練習やゲームの相手をしてくれたり、いつもおしゃれに気を遣っていて格好よかったり。
身の回りの世話を頼んでも嫌がらずに応じてくれたり。
ライヒェルトの人間的な、優しい部分についてはよく知っているから、次々と体験を挙げて存分に語り聞かせることができた。
だけど、どうなのだろう?
姿のない“彼”が魔法で供してくれた飲み物をゆっくりと飲んで喉を湿らせながら、ロシュは考える。
“彼”が望んでいるのは、こんな表面的な情報だけなのだろうか?
謎を解く手助けを、ちゃんとできているのだろうか。
ライヒェルトが何でもできて格好いいから憧れた。
それはある、でもそれだけじゃない気がする。
相談者に断りを入れて待ってもらい、深く深く考える。
「ああ……そうだ」
きっとみんなに優しくできるんだろうなと思って、それがなぜなのか気になって、聞いてみた。
好きな人云々の疑問を尋ねたのと同じ日に、ライヒェルトの部屋で紅茶をごちそうになりながらだ。
ドン引きするなよ、と苦笑しながら前置きして、「誰にでも優しいわけじゃないんだよ」と言った。
「たとえば施設の子たちと遊ぶ時。おれの態度を見ていて、ロシュは何か気づいてることがあるんじゃないか」
「……女の子たちの相手を、ザック兄さんやユェン姉さんに任せてる」
「正解。なんでだと思う」
「触れたくないから。近づきたくないから」
「そうだ」
恥じ入るように年下の女の子が好きだと打ち明けてくれたことと何かかかわりがあるのだろうと気づいて、辛そうな兄さんの顔を見ているのが忍びなくなって、そこで話をやめてしまった。
「どうして」と聞いてしまったら、なんとなくだけど、それまでの関係が崩れてしまうような気がした。
好みのタイプを聞いたら答えてくれるのに、本音のところでは近づきたくないと考えている。
尊敬する兄さんが抱える大きな矛盾について、わからないまま棚上げにしてしまった。
けれど、今なら推測くらいは立てられるかもしれないと思った。
姿のない魔物に話すなら良いだろう。どっちみち兄さんの言葉で確かめるのだから。
「嫌がられると思ってるんじゃないかな。必要以上に近づいてしまって、一方的に好きになってしまったら」
『相手はよくわからないかもしれない。優しいお兄さんだと思って接する人が異性として自分を見ていたらどう思うか。恋してるって悟られるのが怖いってことかな』
「ぼくはそう思う。そばにいてほしいと思った人に打ち明けられなかったこともあるのかもしれない、それはわからないけれど」
姿かたちのことから話をしたかったに違いない相談者に申し訳ないと思ったが、“彼”にはぜひ、ライヒェルトが引いた一線を飛び越えてほしい。
「ぼくじゃ駄目ですか」
と、兄さんには言ってあげられなかったから。
「君ならなれるかもしれない。ライヒェルト=リヒターが理想とする女性に」
2023/4/10更新。




