試練、あるいは(2)
『嫌なことは嫌でいい。許せないことは許せないでいい。ドライバッハの受け売りだけど、ぼくも今はそう思う。我慢は大事、でも限界まで我慢する必要まではないんだ。限界を超えると却ってアブない。お互い経験者だからわかってると思うけど』
ロシュは小さく頷いた。
声の主の為人について、本人が語った以上のことは知りようがないが……。
なんとなく話が合うというか、他人と話している気がしないのだ。
同じ種類の失敗や後悔を抱え続けているからかもしれない、と思う。
大事な人に自分の手で危害を加えてしまいかねない状態にまで、自分を追い込んでしまった。
日常で、仕事で慣れ親しんでいるはずの道具や物品が、すべて自分や自分以外の何かを傷つけたり、壊してしまうために存在しているかのような妄想をし、時には幻視さえする。
自分の行動も、言葉も、感覚ですら信頼できない、苦い苦い日々。
もしも、新しい人間関係を築いたり、大事な人と改めて近づいてゆきたいと思えたとしても、またかつての無力で愚かな自分に戻ってしまうのではないかという不安。
古い傷の舐めあいに終始するとわかっていてなお、共有できる時間を惜しんでしまう自分もいる。
でも──前に進もうとしないのは嫌だった。
「話戻そうか」
『あ、やっぱ逃がしてくんないか。……じゃあ、ぼくがどうしたらいいのか、一緒に考えてほしいな』
「いいよ」
好きな人っていないの。
ごく気軽に、異世界の設備が整ったギルド館の大浴場で湯船につかりながら尋ねたことがある。
大いに恥じ入り、「我ながら歪んでるぜ」なんて苦笑しつつも、ライヒェルトは「年下好きだ」と明かしてくれた。
弟に隠し事をしても仕方ない、と判断してくれたものだろう。
「兄さんは……」
彼が絶妙に言語化してくれた事どもを、できるだけ詳細に語らんとする。
できるかどうかは問題ではない。目の前で(姿は見えないが)悩む者のために、できることをするだけだ。
「よく食べる子が好きって言ってた。保護欲っていうのかな? そういうのも強いみたい」
『あ、そっちから固めていくのか。容姿とかの話からかなと思ってたんだけど』
「まあ、順番はこの際どうでもいいじゃん」
ロシュは息を小さく呑んだ。自分で言って驚いた。
細かく決めた順番の通りに物事を運べないとすぐ不安になって、頭が混乱してしまうのに。
その自分が、順番はどうでもいいと言ったのか?
『どしたの』
「なんでもない。続けよう」
これは試練というよりも、もはや単なる恋愛相談だ。
『隋風の園』に身を置く限りは──もしそうでなくなったとしても、相談を持ち掛けてくれる者には真摯
に向き合わなければならない。
【賢者】ユェンの教えを守るには、もっと深くライヒェルトのことを考えなければだめだ。彼に恋してしまっているのではないかと思うほどあこがれた日々を、今こそ語らねばならない。
冒険の依頼がある日はどういう準備をしているか。
なんでもできるイメージしかないライヒェルトが、一人では難しいと言っていたのは。
弟妹を信頼しているから任せることができるのだと言っていたさまざまの仕事、その筆頭といえば……?
「馬の世話だな、うん。兄さんは自分でできるし、そうしたがってるけど。どうしても日程のやりくりがつかないときは、ぼくとかゼナに任せてくれてる。ゼナは朝、ぼくは夜。役割を決めてくれたし報酬もある、やりがいのある仕事だよ」
『他人に仕事を任せるのが上手なんだな。騎士団で言うとガラ様みたいに』
「そう思ってくれていいと思う。施設の子供たちとキャンプに行ったり、遊んだりするときもそうだ。きっちり計画を立てるんだけど、状況に応じて変えるのも苦にしてなかった。柔軟な人なんだと思う」
『ぼくも試練の相手をした時、同じことを思った。ほかの人とは少し違う見方をする人だって。大人に悪戯しかけるとさ、大概がすぐブチ切れちゃうんだよね。冷静に対処できる人はわずかだったし、まして“質を上げろよ”なんて笑って言ったのは彼ぐらいだった』
2023/4/3更新。




