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試練、あるいは(1)

『……それは?』

たっぷり間を置いて、声が聞き返してくる。

どういう意味かわかっていない、わけではなさそうだ。


むしろ、行動する前からあきらめていたことが突然に動き出したのを知って、驚いているような響きがあった。

『彼』がわずかな期待を持っているように、ロシュには感じられた。

材料を整えた鍋を火にかけたような状態だ。

もっと煮詰めないといけない。


「捨てた身体は」

『今はほかの人が使ってるよ』

「自分の性別にこだわりは」

『ない』


「ふむ……じゃあ、わりと簡単かも」

肉体を捨ててしまうのと同じくらい、新しい肉体を作り上げるのも簡単だ。

魔法が何のために存在し、なぜヒトや魔族を惹きつけてやまないのか。

ユェンが妖しく笑んで投げた問いの答えの一つが、今わかったような気がする。


ロシュは更に考える。

ライヒェルトが何を語っていたか。出来るだけ詳細に思い出す、彼の言葉やしぐさ、表情。


『……楽しそうだね、ロシュ君』

「うん」

自分で健全な方向に考えたことが、正しく上手く行く。

しかも、それが誰かの役に立ったり、助けになったりする──助言や提案を行う者にとって、ある種の快楽である。

ヴァレリア師に「言ってみればもはやとりこというやつじゃな」とまで言わせる、かなり高いレベルのその快感を、ロシュはまだ滅多に味わったことがない。


すぐに夢中になった。

なんたって、条件がそろっているのだ。

恋愛の相談なんて普段だったら受け付けられるわけないのだけれど、ほかならぬギルド員、尊敬する【竜騎兵】ライヒェルト=リヒターのこととなれば全くの別物である。


ロシュは、声の主が義兄とどういう感じになりたいかを聞き出すことにした。

『そんな。まだ、よくわかんないよ』

彼はライヒェルトについて何も知らないという。『一回、会って。長いこと遊んだくらいなんだよ』


好都合だ。

「充分じゃん。兄さん優しくて頭良くて、かっこいいもん」

誰もが一目であこがれを持つような人物だ。自慢の兄さんだ。


「兄さん恋人とかいないし。誰かを待ってる様子もない。上手く行かないわけないと思うよ」

『なんでわかるの』


「ぼくは残念ながら出来が悪いけど“義弟”だからね……普段はあんなことやこんなことを話してくれたりするわけなんですよ」

『君の試練の途中だし、戦わなきゃいけない場面で申し訳ないんだけど、続けていい? この話』

「もちろん。戦うばっかりじゃないとも聞いてるし。楽しくしちゃいけないわけでもないらしいし」


『うわー、うーわぁ……しまったなぁぁ』

「何が?」

『だって……。ぼくの方が、君を誘惑したりして楽しく遊んじゃおうとか考えてたんだよ。これじゃあ、ぜーんぜん逆じゃないか』


「すねないの。きみが好きになった相手が、ぼくの尊敬する兄さんだったってだけなんだから。っていうか、誘惑って何よ」

『そりゃあ、君の大好きなお姉さんの姿になってあれこれ』

「まぁ、そうだよね。ちなみにどっちのお姉さんを真似るつもりだったのかな」

『どっちがよかったの?』


「……」

絶対的に優位なカードを、相手がいよいよ切って来た。

ギルドから独立したラトゥリク『兄さん』とよく遊んだシーソーみたいに、会話カンバセィションゲームの形勢はすぐに逆転する。


ロシュは一転、黙り込んで考えるしかなくなった。


アスカとララベル、強いかかわりのある2人の『姉さん』。

2人とも節度ある大人だから、たちの悪い悪戯を仕掛けられることもなかったのだが。

姿のない魔物のいたずらだったとしても、今もし会えるなら……。

「ララベル姉さんかな」


『それは? あの子の恋人とかになってみたいって意味で?』

「ちがう。ぼくと同じような試練に立ち向かった人だって聞いたから」

『気持ちを聞いてみたいってことか。なるほどね。あーもう、最初っからそれで仕掛けてみりゃよかったぁ!』


「まあ、軽く戦争になってた気もするけどね、その場合」

『そうだね。そうじゃなきゃいけないよ、ロシュ君。大事な人の姿とか行動を真似られるのは、腹の立つことだからね』

2023/3/20更新。

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