試練(9)
「あんまりだ」
ゆっくりと身を起こし、誰もいない部屋で、ロシュはつぶやいた。
これまでには決して、判断がつく限りは一度も起きなかったことがたった今、ロシュの心の中で巻き起こっている。
魔獣の脅威を機敏に察知し、持てる道具を駆使して戦いを切り抜けた。
失敗なんて一つもなかったはずなのだ。
それなのに、ちょっとした不注意で、避けて進もうと思っていた事態に思わず遭遇してしまった。
その理不尽のために、猛烈な怒りが、唐突に込み上げてきたのだ。
血液が沸騰するような感覚。
エーミールに貶められ嘲笑われても。
ヘルベルトに自分の話が通じることは決してないと知った時も。
アスカに対する恋慕が決して決して良い報いをもたらさないと知った時でさえ、このようにすさまじい怒りを覚えはしなかった。
油断していたのは自分だろう、と言われれば、確かにそうだ。
弁解のしようもないが、そういう問題ではない。
悔しさや怒りで頭が煮えくり返っている時に、文句の一つも言わない方が問題だ。
ぼくはそれを理解できなかったから、好きな自分になることができなかったんだ──ロシュは残った痛みでくらくらする頭を押さえながら、強く思った。「こんなのってあるか、ばかっ!」
叫び声は狭い部屋の中で複雑に反響し、すぐに消えた。
返事はない。
怒りを発散させるのには──持続させるのにも、かなりの力が要る。
一人で怪獣みたいに怒り続けるには、この地下迷宮はあまりに寒い。
頭を揺らして鳴り響くような痛みが収まってくると同時に、性質の悪い(悪すぎだ!)いたずらを仕掛けたものが近くにいるだろう、と考えるだけの冷静さが、すぐに戻ってきた。
そういえば……冷静で優しいライヒェルト兄さんに、怒ったり泣いたりしないのかと尋ねたことがあった。
彼は「感情的になることもあるが、却って疲れてしまうんだ」というようなことを言って苦笑していた。「後になって考えた時に、すごく恥ずかしい思いをすることにもなるから」と。
とても大人な回答を、いつも目線を合わせてしてくれる人だ。
「……冷静に」
ライヒェルトの戦い方を真似てみようと思った。刻々と変化する戦況を、彼はどのように見て、どのように動いていたか。
幸い、武器を奪われたわけではない。
ロシュは『結界鋲』の出力を最大限に高めて安全地帯を築き終え、ローブの右ポケットに“配置”した短銃と銀の弾丸を取り出した。
ガラの趣味なのかどうか、魔力を弾丸として撃つ『魔導銃』ではなく異世界の品物を巧妙に模した実弾射撃用。8発を装填できる回転式拳銃である。
武器や防具、アイテムの構造と使い方は、触れば何となく理解できる。
まだ意識して“大丈夫だ”と思わなければいけない段階だが、レベルアップが全く望めない能力でもあるまい。
レバーを引いて弾倉を振り出し、丁寧に弾を込めてゆく。
その間に、ライヒェルト直伝の分析を試みる。
彼ほど本格的でないにしても、失敗してしまう恐怖を追い払うのには十分だ。
相手はおそらく同年代。
いたずらを好むくらいだから、もっと子供なのかもしれない。
敵を挑発して反応を見たり、押しては引いて戦いそのものを楽しむような、無邪気な人物だろう。
岩石や土を自在に操る能力を持っていると思われ、襲い来る小さな魔物の形状がしっかりとしていて美しいことから、細かいところに凝りたがる性格も見えてくる。
弾倉を戻し、撃鉄を起こして、岩石の魔物を次々と撃ち砕く。
美しいものを丁寧に扱う自分が結構好きだったりするのでとても意外だが、これが結構な快感であった。
下手をすると夢中になってしまいそうだ。
何か、長いこと戦い続けてことごとく勝ち、試練を乗り越えたザックの気持ちが、少しはわかるような気さえしてくる。
『楽しんでるねぇ、ロシュくん』
周囲を囲む岩壁から声がしてきても、「ホントはいけないんだけどね」少し余裕をもって答えることさえできるから不思議だ。
『いーじゃん。しようよ、イケナイコト……んふふ』
2023/2/24更新。




