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試練(8)

いつまでもザックの行動に圧倒されているわけにもいかない。

とにもかくにも、ガラが用意してくれた長い長い階段を登り終えた。

次は魔物と魔獣がはびこる迷宮での探索が待っている。

ロシュは意を決して、目の前のドアを力いっぱい押し開いた。


狭いな、と思った。

ほとんど直観だったので、足元に落ちている小石を拾って投げてみる。すぐ壁に当たって帰ってきた。


周囲が暗くて何も見えないのに、むせかえるような魔獣の気配が嗅覚を刺激する。

ロシュは背中を震わせた。

不安に押しつぶされる前に、するべきことは変わらないと心に言い聞かせる。


まず安全地帯を確保しなければならない。速やかに、正確に。


アイテムボックスを開く。

結界鋲(バリア・ポインタ)』を起動して設置。

次に明かりを……違う!


順番を狂わされるのが苦手、とか言っている場合ではない。

直感が、脅威がすべてだ、今ここでは。


「『旋風刃ヴィルベルヴィント』、おねがいっ!」

細い叫びに応じて、緩やかに腕を包んだローブの袖から、円形の手裏剣シュリケンが飛び出す。

静かな回転音を響かせて分裂した機械仕掛けの刃が、壁の中から襲い来た魔獣を3匹まとめて縦横に引き裂いた。


飛び散って煙を上げる強酸性の血しぶきからは、『結界鋲』とローブが守ってくれる。

強烈な吐き気を我慢して耳をふさいでいるだけでよかったし、自分で戦うことに慣れるまではそうしていいとザックも言ってくれた。


旋風刃ヴィルベルヴィント』の静かな駆動音がやむ。

魔物の気配を自ら感知して動く高度な機械が完全に止まって初めて、ロシュは固く閉じていた眼を開け、塞いでいた耳を開放した。


深く息をつく。


自分自身の判断が正しかったことなど数えるほどしかない。

けれど、ほぼ初めて戦闘らしきものを一人で切り抜けることができた。

生きている実感と喜びで胸がいっぱいになりそうだ。

いけないと思いなおし、油断なく周囲を警戒しながら、ローブの懐から『吸魔瓶リチャージャー』を取り出し、急いでふたを開ける。


美しいガラス瓶が鈍く輝き、周囲に漂う魔力をゆっくりと吸い込んでゆく。

便利で立派なアイテムたちの動力源は全て魔力。燃料切れを起こしたら、またすぐに探索を中断しなければならなくなる。

それは回避しなければならない。


とはいえ、待つだけの時間はとても怖い。

周囲の魔力が強すぎるのか、倒せば幻のように消えてゆくはずの魔獣の残骸が残っていたりするから、怖さ倍増どころの話ではない。

濃密な血と肉の焦げるような匂いが鼻を衝く。

紫色の酸性の血が、ばらばらになった魔獣の肉を溶かしているのだ。


自らの木をうまく逸らすためにも、魔物が原形をとどめているうちに急いで魔物辞典を取り出し、勝手にページがめくれるのを待つ。

「……行き止まりの魔獣(デッドエンド・ワーム)


迷宮の壁の中を縦横無尽に駆け回る、トカゲのような魔物だ。

壁画か何かだと思って油断していると突然にとびかかられ、即座に喉笛を嚙み千切られる──恐ろしい魔獣である。


魔物どものことを知り、頭と体に叩き込む。そうすれば徐々に怖いものが減ってゆくのだ。

ライヒェルトからの受け売りだなんて笑いながら、さっきザック兄さんが言っていた。

焦ったって無駄だ。どっちにしても魔力の充填が終わるまでは動けない。

とんでもない実地研修だが、やむをえまい。


ロシュは小さなメモ帳を取り出すと、成果と思えることを書き連ねる。


使うたびにアイテムボックスから取り出していては間に合わないこともあるかもしれないと考えて、緊急時に使いそうな道具を全身の各所に配置してみたのが、さっそく役立った。

ザックの背中で聞いた助言の一つが、彼が常にそう望んでいる通りに、ロシュにも正しく働いた。

「ありがとう……ザック兄さん」


未だ魔導王の騎士団を完全に味方にしたわけではないし(素直に泣きつきでもすればいいのだが)、彼らに頼りきりでは試練を受ける意味もないような気がしている。


そう思うこと自体が成長だ、と。

ザック兄さんは、褒めてくださるだろうか?

再び深く息をついて、メモ帳を閉じ、ゆっくりと立ち上がる。


いつの間にやら頭上にせり出していた岩塊がんかいに頭をぶつけて、意識が遠のく。

2023/2/13更新。

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