試練(7)
「それは?」
慎重に慎重を重ねて、黒い鎧の騎士の真意を尋ねる。
ザックも同じほど慎重に言葉を選んでいるのか、大きく間をあける。
蝸牛の歩みで足を進めながら、黒鉄鋼の兜が魔法のカンテラの光を淡く反射するのを、数度も眺めただろうか。
ようやく、ザックが口を開いた。
「助けたいと何度も思った。俺が力を貸せれば、お前はすぐに試練を終えられるだろうにと──何度思ったかわからん」
「……兄さん」
ライヒェルトやララベルならともかく。
ザクセンからこのような言葉を聞くとは思っていなかった。
「不思議か、ロシュ」
「はい。ザック兄さんは助けてくれる時も、何も言わなかった」
「俺はヴァレリア先生に、出来る者がそうでない者を助けるのは当たり前のことだと教わった。俺もそうしてきたつもりだ──でも、恩着せがましくなるのが嫌だったからな。口が悪いのも自覚だけはしてるしよ」
「そう、でしたか」
物言わぬ援助者たる道を、彼は彼なりの理由で選んでいた。
ロシュは望んだとおり、ザックの新たな一面を発見した。
「ほかの小隊に雇われるときなんかは、どうしてるんですか」
「必要事項だけを伝えるように努めてる。無口な奴を気味悪がるような連中は、そもそも【黒騎士】を雇わん」
「なるほど」
「お前はどうなんだ。成長できてるか」
「そうですね……実感はしていませんけれど、少しは。自分が何者だったか思い出したのを、成長と呼べるなら」
「思い出したか。気分は?」
「思ったより悪くないです」
「よかったな。今なら大丈夫だろうと思ってたが、思ったとおりだった。ヴァレリア先生にもいい報告ができそうだ」
自分のことのように嬉しげに語るザックを見て、ロシュには当然の仮説が思い浮かんだ。
「片田舎の『郷』の豪農──ラントシュタイナーという家の、用心棒になったことがありますか」
「俺はない。そういう知り合いならいるぜ。伝言も預かってる、聞くか」
「ぜひ」
「“試練には褒賞が必要だ。怠け者の王とは別件で用意を整えておいたから心して探すように”だそうだ。俺には何のことだかさっぱりだけどな」
「全部わかってるくせに」
「わかってることを明かせばいいってもんじゃねぇよ。テキトーに謎をちりばめるくらいじゃなきゃな」
「試練だから、楽しくしちゃいけないんじゃないの?」
「そうなんだけどな……辛くて怖いことばっかりじゃ割に合わんだろ。難度の高い冒険だと思って、少しは楽しもうとしてみるがいいさ。俺はそうした。お前がそうしちゃいけねぇなんて事ぁねぇんだよ」
ザックが少し照れ臭そうに、ロシュの頭に手を置いて、労うかのように軽く撫でた。
重い黒鉄鋼の籠手の冷たい感触。
「解ける謎だの誰かからの褒賞だのがあるからって楽になるわけじゃねぇ。ちょっと楽しくなるだけだ。ちがうか?」
「……違いません」
確かにそうだ。
“宝探し”という楽しいものではあるが、考えてみれば、こなすべき任務が増えただけである。
一応は納得できる言い分だが、やっぱり丸め込まれたような気分にならざるを得ない。
「誰かの助けが欲しいか」
「一人で頑張ってみる。自分で決めたんですもの」
「そうか。そんじゃあ、可愛い義弟のためにお節介でも焼いてやるかな」
重装備に身を固めて後ろを歩いていた【黒騎士】が素早くロシュの前に立ち、軽々と膝を折った。
ロシュはしばらく迷ったが、その間も急かさず待ってくれた『兄さん』のお節介に甘えることにした。
もたれかかるように、頼れる背中に身を預ける。
高い魔法抵抗と堅牢さを両立させた鎧の肩に手を回す。
「冷たいか」
「大丈夫です」
「よし。しっかり掴まってろ」
「はい」
ザクセンがゆっくりと歩き始めた。
間違っても義弟を落としてしまわないようにと気を使ってくれているのか、普段の素早い身のこなしとは程遠い。
何くれと無く雑談を交わしながら、まだ遠いと思っていた階段を確実に、しかも迅速に登り切ってしまった。
「こんなとこか。じゃあな」
かなり大きなお節介を焼いて鮮やかに去る義兄を、彼の背を下りたロシュは半ば呆然と見送った。
2023/1/30更新。




