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試練(5)

笑いすぎて呼吸困難を起こし、2回ほど意識が飛んだ気がするが、とにかく気分を切り替えられた。

ロシュは再び階段を上ってみることにした。


考え事をするなら、階段を上るという単純明快な作業はうってつけだ。

暗い記憶を取り戻すことにも、以前の家族の幻を見ることにも、何か重要な意味があると思った。

『試しのはこ』に強烈なダメ出しをされない限りは魔物に襲われることもない。考えるなら今のうちだ。


そもそも、なぜヘルベルト義父さんが自分をラントシュタイナー家に招き入れたのか。

最大の疑問のはっきりとした答えを、ロシュは知らない。

義父自身も以前の家族も決して口にしなかったし、ちょいと調べればすぐわかるだろう人々もそうだったのだ。


ただ、正しく育て上げれば最強の名をほしいままにできると言う『妖魔族ミスティック』の幼子を高い金と引き換えに引き取ったということは……ヘルベルトは何か、国をひっくり返す類の野心を持っていたと考えていいだろう。

それも、本人にとっては決して本気で思い詰めるような野心ではなかったのではないかと思う。

不自然すぎる。

本気ならもっと手っ取り早い手段を選んでいたはずだ。

“これが上手くいったら次の段階を考えよう”という程度の、半ば遊びかの悪い賭けのような気分だったはずだ。


自らの不出来ぶりがヘルベルトの野心を挫いていたと考えれば多少は留飲も下がるが……。

「だって、仕方ないじゃないですか」

ヴァレリア師に出会う前の自分は、天賦の力を使いこなすどころか、それに付随するすさまじい破滅衝動と妄想を抑えることすらおぼつかなかった。

本当に力ある天才ならば、どんな若輩でも、力も心も制御できて当たり前だ。自分には、どうしてもできなかったのだ。


「妖魔族を育て上げるのは難しいんですよ。買うものはもっと選びましょうね、義父さん」

声を投げた位置──数段ほど登った段に、恰幅かっぷくのいい人影が座っている。

つまらなそうに頬杖をつき、見るともなくこちらを見下ろしている。


ロシュはゆっくりと階段を登り、義父の影と同じ段に、彼と同じように座り込んだ。

黙りこくっていると、彼のほうから話しかけてくる。

体と心に様々な症状を伴う病を長いこと患っているから、エーミールなど他の家族よりは、幻を見たり聞いたりするのに慣れているのかもしれない。


「……ロシュか。お前が呼んだのか」

「かもしれません。お久しぶりです、義父さん」

「うむ。私に恨み言を言いたくなったか」

「いいえ。ただ、あなたの気持ちを知ってみたいとは思います。あまり話もしなかったでしょう」

「そうだな。私はお前たちにとって良き父ではなかった。そうなってみたいと思ったことは、確かにあったが」


「ぼくを手に入れた時。用紙を増やしてみる以外に何がしたかったか、覚えていらっしゃいますか」

「いや……忘れたな」


頷いきり何も追求しないロシュの態度が彼の気分をかえってほだしたものか。

ヘルベルトは頬杖をついたまま、ぼんやりと何事かを考えこんだ。

ややあって、不出来な養子のための言葉を選び終えたようだ

「……興味があった、のは確かだ」

「興味ですか?」


「うむ。例えばお前のような力ある子を我が身が育て上げられるものかどうか。私たち夫婦が実子をもうけることが難しかった話を、お前にしたことはないと思うが」

「野菜や果物とは違います」

「気分の乱高下を繰り返す病の兆しが、その頃から私にはあった。言ってしまうと判断力が落ちていたのだよ、言い訳にすぎんが」


確かに、まともな状態だったら、わざわざ採ることもない選択肢ばかりだ。

この話を聞けば、家族のだれもが首をかしげるだろう。ヘルベルトを知らない人だってそうするかもしれない。

行動に整合性がないのが彼の病の特徴だ、と、いつかララベル姉さんも言っていた。


「そう、ですよね」

「素直に養子を愛し、愛されてみたかったのは本当だよ。お前のきょうだいは優れた人間に育ってくれたが、良い関係を築けていたとは言いがたかった」


義父にとっては、この特異で異常な状況も、病が見せる幻影と何ら変わりないのだろう。

ロシュも、初めて聞く彼の心のうちに、心おきなく耳を傾けることができる。

2023/1/12更新。

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