試練(2)
目を覚ます。
階段のどこかでうずくまって動けなくなったはずだ、と時間をかけて思い出した。
その後すぐに魔物が現れて、それから……また、"終わった"。
起き上がる。ゆっくりと。
息をつく。
周囲を見回す。
まず目印の代わりに置いた宝石が視界に写った。その光は相変わらず不気味で、そのぶん印象が強い。今度ばかりは考える手掛かりになってくれた。
『結界鋲』で中継地点らしきものを作った広い踊り場にまで戻されたようだ。
踊り場にはいくつかのアイテムが散乱し、わずかに魔力の光を放って見えた。
自動的に起動していたと分かる。
「ああ……『救命燈』、と……『試しの函』か」
緩慢な動作でアイテムボックスを開き、手鏡を取り出して、自らの首許を確かめる。
黒い影の残滓でも残っているかと思ったが、そうではなかった。
どうやら助かった、らしい。
仄かに緑色の光を発するランプと蓋が開いて転がった立方体を、呆然と見つめる。
吐き気がする。
一刻も早くそうせねばならないと分かってはいるが、容易に気分を切り替えられる気がしなかった。
「ぼくは……あんなにも、義兄さんを。」
恨んでいただろうか。憎んでいただろうか。
夜、彼の寝室に忍び入って、……何をするつもりだった?
家が用心棒として雇っていた魔導師の結界を潜り抜けて。
──そもそも、自分はそんな事ができる人間だったことがあったのか?
頭痛が思考を阻む。
構わず、先ほどの疑似体験について考察を続ける。
いま考えておかなければいけない、結論を出しておかなければ先へ進めない、そんな気がしたからだ。
『試しの函』から出て来た魔物が、自分の首を絞めたのだと思った。
あれは恐らく、以前の自分が義兄に対して抱いてしまった衝動と、そのことに対する報いが、自分の身に現れた現象だったのだ。
あの時、もしも衝動に任せて行動していたらどうなっていたか──あり得なかった"もしも"の先の経験。恐怖を伴った疑似体験だったに違いない。
鏡のように心の中を映し出す迷宮では当たり前の現象だっただろう。
それが起きてすぐに『救命燈』が起動して、意識とかの大事な物を避難させて。
それで肉体も再起動できた、ということらしい。
「ぼくは……エーミール義兄さんが怖かったのです。憎かった、恨んでいたのです。人格も、考えも、すべてを否定されて。悔しかったのです……だから、義兄さんを傷つけようとしました。もう少しで、取り返しのつかないことをしてしまうところでした。」
認めたくはなかったが、そうしなければならない場所であり、時機なのだろうと思う。
ガラとヴァレリア、2人の賢者を前にしているかのように、ロシュは思いを吐き出した。
答えは返らない。
低く乾いた笑いで喉が鳴った。
相反するかのような作用を持つアイテムを使って……ドライバッハ王は一体、ぼくに何をさせたいんだろう。
……少しずつ体温が戻って来た。
のそのそと石床を這いずって、函を拾い上げてみる。
賢者ガラの超絶技巧でもって、美しく荘厳で複雑な幾何学模様が施されている。
大きな魔力の気配がする。
今回、箱から出てきた魔物は、任務に忠実な性質であるらしい。
もし。
もしも使いこなせるようになったら、それはそれで、素晴しいことに違いない。
散乱したアイテムを片付けて、立ち上がる。
戦わなければならないとしたら、まず自分の心とだ。
これまで何人の人と関わり、そのうちの何人に邪悪な衝動を向け、それを隠して来たか。
そんなこと覚えていやしないが、どっちみち数も知れない階段を昇らねばならないし、その間に考えねばならない、向き合わねばならないことなのだ。
自棄を起こしているにすぎないかもしれないが……。それでも、ほんの少し前に進む気持ちを取り戻している自分に、ロシュは新鮮な驚きを覚える。
『瑞風の園』の皆の知らなかった面を知ることもあるかもしれないと、ガラは言った。
自分自身も含まれている話だったとしたら、どうだ。
少しだけ、嬉しくないか、ロシュ。
手すりを掴む。
ロシュは再び、ゆっくりと階段を昇り始めた。
2022.12/13更新。




