試練(1)
「ふぅ……」
心と身体が強く要求するのに従って、ロシュは割り座で冷たい石床に座った。
体力を消費せず空腹も感じないはずなのに、身体が言うことを聞かない。
ロシュは内心あきれ果てながら、動こうとしない身体をのろのろと動かす。
ようやくアイテムボックスから『結界鋲』を取り出し、起動させた。
淡く青い燐光が形作る半球状の結界に入る。
機敏とは程遠い動きのままアイテムボックスを探り、ドライバッハから下賜されたガラス製の瓶を開ける。
撃破した魔物の魔力を吸収して自らの魔力を回復させる、魔族なら誰もが持っている仕組みを再現した魔導具──『吸魔瓶』。
地下塔に入ってから1体しか魔物を倒していないから量は心許ないが、それほど多くの魔力を消費してもいない。
効力を信頼し、瓶の中身を喉に流し込んだ。
液状化した魔力の塊が喉を滑り降りると、少しピリッとする刺激と共に、何とも言えない清涼感と爽快さが身体中を駆け抜けて行く。
「っは……」
喉の渇きをこらえた挙句に飲む酒の爽快さを熱弁しているユェンの飲みっぷりには敵うまいが、彼女が常に言う"生き返った感"を、多少とも味わう事ができた。
アイテムを信頼せよとのガラの教えを守っていると思えば少しは気が楽だ。
少しの安堵と共に、また息をつく。
微妙におどけた賢者の言葉に送られて歩き出した先は、行けども行けども続く昇り階段だった。
ガラが3つほど施してくれた"特別サービス"の最初は、一年近くも習熟し最近になってようやく扱い慣れて来た身体強化魔法と魔法のアイテム群を起動させるのに必要な最低限の魔力。
そして、魔法のアイテムを状況に応じて使う力と前進する気力を試し、鍛え高める場として(おそらく即席で)用意されたのが、魔物の襲撃もなく特に厳しい環境でもない長い長い階段というわけ。
疲労も空腹も感じないはずなのに疲れて座り込んだのは最初の踊り場だ。
貸してもらった魔力をやりくりしながら重い足を引きずるように動かして昇り続け、200段と少しまでは数えていたけれど、もうやめてしまった。
どこまで登ったかもわからないのに、上を見れば途方もない数の階段が続きに続いている。
高い所が苦手だし、昇らねばならないと思うだけで嫌だった。
ひたすらに身体を動かすだけの課題だ。自分の内心と向き合う時間にもなるだろう。
どちらも堪らないほど憂うつだが、進むより他には仕方ないことだ。嫌なことや辛いことがなければ、試練とは言わないのだから。
泣き出しそうになって、苦し紛れに上を見ないと決めて、のろのろと頭を切り替える。
考えごとの続きでもしていた方がマシかもしれない。
ちょうど自分の高さに合う手すりにつかまって立ちあがりながら、ロシュは自然と記憶をたどる。
「高い所に登り切ったら大概は良いことが待ってるぞ」とザック兄さんがいつも言っていたのを思い出して、少し楽しくなる。
『瑞風の園』の"家族"は一家の長の方針で娯楽や休息を重んじ、よく休みを調整してはピクニックやら海遊びやらに繰り出す。
ロシュを引き取った件で縁のある救済施設の子ども達と共に小高い山に登ることも多々あり、必ず誰かが年下の"小さき人々"(ヴァレリアが好む表現で小人族の意も含む)の世話をしながら登る。大抵はゆっくりとした道行きだ。
ザックは魚釣りや狩りも得意だったりするのだが、『家族』の中でも特に登山の時間を大事にしているようだった。
注意深く周囲を警戒しながらもよく観察し、木の実や湧水を振る舞う。あらゆる種族の古謡に詳しいユェンに歌ってもらったり、開けた場所で頻繁に休息を取って皆で遊んだりと、年下の者らに飽きさせないよう采配を振るっていた。
救済施設の保父さんになれるんじゃないかと冗談半分で話を振ってみたら、どうやら本気で自らの施設を建てるべく貯蓄に励んでいるらしい。
「この階段を昇り切ったら……」
もっとザック兄さんの為人とかが理解できるようになるかもしれないし、そうなってみたい、と思う。
仮の目標をようやく決めて、ロシュは再び足を前へと進め始める。
2022/12/2更新。
2022/12/7更新。




