賢者ガラ(7)
「素直でよろしい」
嫣然と笑んだ賢者はしかし、すぐに考え込むようなしぐさをっ見せた。
ロシュが控えめに尋ねると、
「今からどうしようかとね。もっと話していたい気もするし、そろそろ送り出さなければいけないとも思っている」
「そ、それは……」
「試練についてのヒントを与え、わずかながら休息の時間も与えた。もっともらしい、まとめか何かみたいな言葉を口にすれば、とりあえずわたしの役目はおしまいなの。傷ついたあなたを癒して甘やかすのは自分の役目じゃないと思う、でも、その役目を奪ってしまいたいとも思う」
「はい……」
「試練の目的も、ドライバッハの目的も。そしてあなたの人生も。捻じ曲げて歪めてでも、自分の物にしたい。わたしにはある、その力がある」
「……」
偉大な賢者にここまで言ってもらえるのは嬉しいが、理由が分からない。
他人を惹きつけておけるほどの魅力を自分が持っているなどとは、ロシュには決して思えない。
別れを惜しんでもらえるような、好意や葛藤を示してもらえるような人間だと思えない。
ただ……。ガラは、あまりにもヴァレリアに似ている。
彼女が顔を曇らせているのを見ると、自分が敬愛する先生を悲しませているかのような気分になってしまう。
ガラやヴァレリアのため、それ以上に自分のために、ロシュは慎重に言葉を選ぶ。
「何故そう言っていただけるのか、ぼくには分かりません」
何度も息を吸って、吐いて。
気持ちを声に乗せる。
「今のぼくがガラ様の言葉にふさわしくないことだけは、わかります。誰の隣に並び立つこともできない弱い人間です。何をしようとしたって、これじゃ駄目なんだと思う」
「……うん」
「だからっていうんじゃないんですけど。何て言えばいいんだろう……やっぱり、ちょっとくらいはね、何か一つの事を。できない奴なりにも、ちょっとだけでも、頑張ってみなきゃって思うんです。そうできて初めて、ギルドの皆のこととか……あなたや、あの方のことを知りたいと思ってもいいんじゃないかなって。だから行かないと。進まないといけない。ぼくも、ぼくの役目を果たします」
「よく言ってくれました、ロシュ……あなたが役目を全うするために、わたしも本来の役目を果たしましょう」
気分を切り替えて整える為なのか、賢者が美しい目を閉じた。
息をつく、二度、三度。
ふと何かの悪戯を思いついた時の顔をして、
「"黒衣の賢者"とか呼ばれてるモグリの大魔導師だけど質問ある?」
ちょっとおちゃめな言い回しで尋ねて来た。
ロシュも若干だが気を楽にして、
「とりあえず敵と戦ったり逃げたりしながら上層を目指すって事でいいんですよね」
確認しておかなければならないと思ったことを挙げる。
「そう思ってて間違いないと思うわ。今までも、自分で戦えるようになってみたいと思ったことが何度もあるでしょう。魔法や武術の技量、身体の動かし方──最も分かりやすい"強さ"の指標と言ってもいいものだから、まずはこれらを高めてゆくべきだと思う。まあ、これはドライバッハの受け売りなんだけどね。肉体を鍛えることは精神の強さにつながるって事らしい」
「わかりました。失敗しても大丈夫なんですよね」
「できれば馴れてしまうまでに試練を終わらせてほしい所だけど、そこだけは安心して良いよ」
黒衣の賢者が意識と魔力を集中させ、ただ一度、音高く指を弾き鳴らした。
厳かに唇を開く。
本人が少しばかり嫌がっていた、何かのまとめみたいな言葉のためだ。
「塔の構造を変えてみました。しかし、どうしても、あなたにとって楽しい冒険とはならないでしょう。状況があなたを苛むでしょう。苦しみを与えるでしょう。痛みや辛苦をもたらすでしょう。それは仕方のないこと、これまでに経験して来たことや思って来たことを鏡の如く写し取る、この試練の場では。けれど、何度失敗しても、どれほど痛い目に遭っても、あなたの道は途切れない。帰還を望むならば……気力の続く限り、決して足を止めてはならない。いい?」
「……はい」
「自分を信じられなきゃ、わたしが作ったアイテムを信じりゃいいのよ。それなりに自信作だし。適切に使いこなすことさえできれば、必ず優位に導いてくれる。状況を打ち破ってくれる。あなたはアイテムの事がよく分かるんでしょう? 言葉を交わす事ができなくても、物にも想いは伝わるわ」
2022/11/25更新。




