賢者ガラ(4)
強くない喉の奥、自分でも触れない場所に厳重に隠した本音。
『瑞風の園』の皆は何も訊かずに分け隔てなく接してくれたし、ヴァレリア様も決して強引に引き出そうとはなさらなかった。
その大切な隠し事を、豊漁の漁場に釣り糸を垂れるかのようにたやすく、励まし力づけるように強く、蹂躙するかのように苛烈に引きずり出されている。
常になくしゃべりまくっている自覚だけはあった。
声が枯れ、身体がしぼみ果てるまで言葉を止めることができないのではないかと内心で弱弱しく危惧しながらも。
ロシュは、身体のことをもっと話そうと思った。ガラが聞きたがっているのだろう。
前進に及ぶ鈍い痛みと他人に伝えがたい微妙な痺れ。背骨からぐにゃぐにゃと曲がりくねる異常な感覚と動作、身体が崩れてしまうのではないかという恐怖感。
後にギルドで受けたカウンセリングの結果でわかった、それらが主な症状だった。
意思に反した動作があったり、話せなかったり、心臓が極端に弱いなんてこともない、言ってみれば、軽い身体障害だ。
「怠けているんだと思われてました」
一般的には障害を持って生まれても、機能訓練を重ねた上に魔法の力を借りれば──ちょうどドライバッハ王が暗黒の魔法で命を繋いだように──遜色なく身体を動かすことができる。
魔法を用いればどれだけでも無理を重ねられる、働き続ける事ができる。
故郷ではそれが当たり前だ、子どもの頃から身体を酷使して働いて、本当は車いすで生活しなければならないのに、そのまま働き続けている人のなんと多いことか。
連合国の商売と貿易を担う3つの商業国家も、防衛を司る4つの軍事国家も。種族や、人種や、『職業』ごとに人々がまとまって暮らす集落のような小国群も。
王侯貴族でさえ、農業立国たる自分達の納める農産物がなければ立ち行かない。そのプライドが、故郷の人々を大きく支えているのだ。……と、ロシュは想っている。
「異世界や他の大陸との道も開いてあったはずだけど。機械とか便利な道具は使ってないの?」
「豪農や国のトップに近いような人たちが独占的に」
「じゃあ農業大学校とかってのは何のためにあるわけ?」
「ぼくも後になってから聞いたのですが、貴族の子ども達が知識を身に着けて、下で働く人を上手く扱えるようにするためにあるのだと」
「ふぅん。ちょっと国家や指導者の考えが偏り過ぎてるみたいね。豊かな畑というよりは踏み固められた寒々しい大地のよう。ドライバッハが目指した連合国家って、そんなんだっけかなぁ」
ガラが小首をかしげる(悔しいけどかわいい)。
魔導王の騎士たちは、ロシュの話を聞くと、程度の差こそあれ似たような態度を示す。
具体的には言い難いが、何かが、自分達の目指した理想とは違っている。
そういう感覚があるのかもしれなかった。
「まぁいいわ。国の現状より、今はロシュ君のことを知らなくっちゃ。続きを放してくれる?」
「はい……」
息を吸う。
また身体と心を包む"話さなければならない"感覚に身を委ねる。
「日によって体調が極端に違っていました。海みたいな波があったっていうか」
調子のいい日には人並みと言えなくもない程度に動かせたが、自分で分かるほど体調が悪い日には手が震えて食事ができず、足も体もこわばって歩けないくらいだった。
アスカに何もかも世話にならなければならない自分を大いに恥じたし、額に汗して働くことが全てである土地の地位ある家に生まれてしまった後悔や申し訳なさでいっぱいになったことも、一度や二度ではなかった。
「だから、大学校で勉強ができると知った時は、ちょっとだけど嬉しかった。屋敷から離れられる、アスカお姉ちゃんに迷惑を賭けなくて済む」
「誰かに嫌なことを言われなくても済む?」
「全然違いましたけど……その時は、大学校がどんな所かなんて、知らなかったから。浅はかですよね。調べようと思えば調べられたのに」
「いいことはあんまりなかったのね。ダカツが言ってたようにもなるってわけだ」
「彼は何と?」
「"とりあえず何でも嫌がる奴だから繊細に扱ってやれや"だってさ」
2022/11/10更新。




