賢者ガラ(2)
大切な問いだ。
それだけは理解できる。
だが、答えを返すことができなかった。
あまり長いこと賢者を待たせたくなかったが、彼女が何も言わずに頷いてくれたので、ロシュはいつもよりもじっくりと考えを巡らせてみる。
常に何か怖いことがあるに違いないという意識が、常にある。
ここが怖い場所だからだ。
真っ暗で、何かが腐ったような臭いがして。でも、逃げずに立ち向かうしか、出る方法がないからだ。
他人を信頼していても、いつか酷く裏切られるのではないかと、いつも思っている。
ダカツを少しは信用していたはずだ。彼もそれに応えてくれたはずだ。
けれど……自分は、いつ裏切られても文句は言えない。
そうされても仕方のない、価値のない人間だから。
「他人から裏切られるのじゃないか──あなたの味方が居ないこの塔では持っていて当然の恐怖。でもそれは、この塔に限ってのことなのかしら」
思考をあらぬ方向へ散らさないためなのか、黙っていた賢者が静かに疑問を挟む。
ロシュはガラの問いを素直に受け入れ、彼女の示す方向へ、定まらない思考をどうにか定めようとした。
他人に裏切られるのが怖い。
それは、この塔に限ったことじゃない。
他人と関わりたくない、そう思って生きて来た。
なぜか。
他人と深く関わらずに居られれば、少なくとも、ひどく裏切られることだけはない。
できそこないと呼ばれることも、勝手に期待されて勝手に失望されることもない。
理解されようがされまいが、好きな格好で好きなことをしていられるはずなのだ。
1人でいる方がいいに決まっている。
そうすれば怖いことはないはずだ。そのはずだ。
「……ずっと1人でいるの?」
どこに行っても周りとなじめず、だからと言って自ら理解者を探そうともせず。
1人で、部屋の隅っこで、うずくまっているのか。
ヴァレリア先生と同じことを言われている。
自分が作り上げた壁を一撃で破壊して、失意と自席という泥沼から一手で掬い上げてみせた、尊敬し敬愛する彼女と同じことを、ガラも言う。
あの時。
国が運営する救済施設から『瑞風の園』へと赴いた日、ロシュは、
「ぼくは、」
その問いかけに、首を小さく、横に振った。
そうして、家族のように大切な仲間を手に入れた。
でも……。
「今は?」
「……答えたくありません」
「そう」
間違った答えを口にして八つ裂きにするなり灰にするなりされるなら、それもいい。
思ったままを言葉に出来たのだから。
もし、ここで魔法のランタンが機能不全を起こしたとしても。
裏切らないはずの物体、道具に裏切られたとしても。
それならそれでいい。
「別に、そんなことしないけど」
「え」
「あなたは答えたくないっていう答えを出した。それは褒められはしても、罰を与えられることじゃない。粗探しをするとしたら、そうね──」
賢者がすぐに思索を中断した。
いい加減に上がりましょ、と誘われて従う。
慎重にぬるま湯から上がり、素早く身体を拭いて、下着を身に着ける。
迷ったが、お気に入りのツーピースをやめて、ガラが仕立てた軽くて頑丈そうなローブを着込んだ。
ガラも気づいてローブについて解説したそうな顔をしたが、先ほどの思索を優先するようだ。
「──少し、考えすぎかなと思うくらいかしら。言われてもいない言葉を言われた気になること、多いでしょう」
「はい。ダカツと話してる時も、数えてたわけじゃないけど、2回くらいありました。彼が言ってもいないことを、ぼくが勝手に考えちゃってて……いつも、人を怒らせてしまうんです。それで、黙ってた方がいいかなって思って」
「考えを口にする機会、それ自体を減らした。そうしたら今度は"鈍い"とか"ばかだ"とか罵られるようになった。で、そのうちに諦められて、見捨てられて、1人になった」
「はい。でも……怒られたり叱られたりするよりは。ぼくにとっては、まだマシなんです」
「……根が深いわね、こりゃあ」
「ぼくも辛いです。やめません?」
「やめません。これも試練の1つよ、あきらめなさいな」
逃げられないと宣言して、ガラがお茶目にウィンクなどしてみせた。
妖艶な体型を誇示するかのような、肌色部分の多い下着姿でなければ、もう少し格好もつくのだろうか。
2022/11/4更新。




