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恐怖(3)

生きるために必要な欲求と身体の機能のほとんどが、まるで手元を照らす電灯のスイッチでも切ったかのように休眠している。

冒険の始めに与えられる物品も、実用性だけに偏って来るのが必定ひつじょうである。

次の品物は、「これも重要になるな。ここで失敗ミスしないなんてまず無理だし」と捻くれ者のダカツをして言わしめるアイテム。


何かの事情で肉体が破壊される瞬間、魂や意識などの重要なアレコレをひとまとめにして吸引し退避させてくれる、特殊な中でも特別な魔法のカンテラだ。

いちいち使って見せるのが面倒だというから、ロシュもざっと理解できれば良しとすることにした。

相手はただでさえ気まぐれな半猫族キャッツアイ、まして【盗賊シーフ】である。手とり足とり

一から十まで教えてもらえなくたって、別に凹んだりしなくていいのだ。


「物分かりがいい奴は嫌いじゃないぜ──」

上機嫌のダカツが、残る防具類とアイテムについて、名称と使うべき場合を説明してくれた。そうして講師役をこなした挙句に「──お前は道具の使い方が分かんねぇとか、下手くそなわけじゃねぇんだろうしな?」

盛大な卓袱台返ちゃぶだいがえしをかましてくれるのだからたまらない。


「……わかってたんだ」

「誰に言ってんだよ。盗賊が相手のことを一発で見抜けなきゃおしまいだっての。もらったカネの分は働いてみせるもんだしな」

そりゃそうである。

正論過ぎて何も言えなくなってしまった。


ロシュはため息をもう一つついて、ようやく準備に取り掛かった。

意を決して立ち上がり、お気に入りのツーピースを脱ぐ。

いつもならていねいに畳むのを優先するが、今は言うまでもなく非常時だ。決まった順番通りに行動できないのが当たり前だ。

他人の目がある所で着替える、下着姿になるなんてのも、普段ならとんでもないことだ。


なぜか、手間取ってしまう。

戦闘服を身に着けるだけなのに。ブラウスを着て、スカートをはいて(頑丈に造られているだけでデザインはロシュの好きな異世界の製品そのものだ)、敵の襲撃に備えるためにオーバーサイズの『透明バニシングジャケット』をふわりと羽織る、それだけなのに。


身体の動きが緩慢になっている、と気づく。

いや……()()()()()()()()()()()


手前てめぇが"こうしたい"ってのがあ()のに、手前ぇでそれを全部、否定する。……しんどいだろうなァ、()()()?」

少し離れて座り、こちらを見るともなく見ているダカツが、ため息交じりに言う。

彼らしくもない仕草だと思った。

これまで一度として名前を呼ぼうとしたことがないのだ。


……嫌な予感がする。

「どうした、の」

「いや……ちょっとな。どう考えても後でガラとかドライバッハに叱られんだけどよ……我慢できそうにねぇんだよな。例のカンテラ、試してみねぇか」


ダカツが、すぐ後ろに立っている。

下品に鼻息を荒くしたりしないし、これから起こす行動を想像して妙な笑いを立てることもない。

既に使役しているロシュの『影』に命じて羽交はがめにでもさせればもっと嗜虐しぎゃくしんを満たせるだろうに、そうしていない。

ただ、冷たく鋭い吐息のリズムと感触を、ロシュの首筋に与えているだけだ。


冷たい身体のダカツがどうして普通に動けるのか。

自分は食事に対する欲求などが眠った状態だけれど、彼もそうだと言い切れるか?

ちがう。


「ああ……そういうこと?」

ロシュは、いやに冷静な自分を発見して嫌になりながら、ゆっくりとアイテムボックスを開いた。

取り出したカンテラの機能を発揮させるための魔力はダカツが融通してくれた。

魔法のカンテラは小さく、だがこう々と緑色の炎を燃やしている。


えぇかよ?」

恐怖はあるが、盗賊の言動とカンテラの炎が、何とも言い難いが、不思議な安心感を与えてくれているようにも思う。

首を横に振った。


「いいよ」

良く回らない頭で暫く考えたあげく、ロシュは身体の力をゆっくりと抜いて、盗賊の腕に任せた。

りぃな。……これはお前の失敗じゃねぇ。気にするなよ」

申し訳なさそうな言葉に小さく頷いて、目を閉じる。


ダカツが口を開ける。

銀色の乱杭歯らんくいばが暗闇に小さなきらめきを残して、ロシュの首筋に甘く突き立った。

2022/10/26更新。

2022/10/28更新。

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