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盗賊ダカツ(4)

箱の中からは、確かに魔物が現れた。

だが……。

ヒト型の()()()はロシュに敵意を向けることなく()()()()と石床を歩き、部屋の隅っこで膝を抱えて座り込んでしまった。


いぶかしげに首をかしげるダカツが、「ハッ、なるほどね」不意に1人で何かに納得して、小さく笑む。

「お前、今度ばっかりはその性格に助けられたな」

「どういう意味?」


「『試しの函』は基本的に、開けた奴の欲望やら何やら、普段は隠してる色んなモンを、大きく歪めて表現する装置なんだよ」

「……」


よく分からないなりに、ロシュも考えてみる。

誰にも見せられずに隠しているあれこれを大きく歪めて具現化するとして、それが何故、困ったときに役立つのか。

やっぱりよくわからない。


「普通の奴らはよぅ。ルールってのに従って生きてるじゃんか」

面倒臭そうにダカツが解説する。多弁な半猫族らしく、話が滞るのが嫌いなようだ。

「じゃあ、そうやって生活して行くのに邪魔な欲求は何だ?」

ロシュの目を見つめて、盗賊が問う。


「……他人の持ってる物が欲しい」

「まずそれだな。あとは?」


「自分だけが安全で、楽しく、幸せでいたい……」

「もっとあるだろ」


「他人を思い通りにしたい。誰かに暴力を振るってみたい」

「よーし、そこまでだ」


盗賊が音高く指を鳴らすと、ロシュにまた自分で考えている感覚が戻った。

「暗示をかけたの」

「よく使う手だろうよ」

「うー……まあ、わかったから、いいけど」


遠回りをしたが、ロシュにもよく分かった。

大抵の者は、『試しの函』を開けた時に、普段は何だかんだで上手く抑えて生きている暗い衝動を具現化させられるのだ。つまりは破壊衝動である。

それをたとえば、魔物に囲まれて追い詰められた時に開け放てば……巨大化した異形の影が暴れ回って魔物を駆逐してくれる。その場から()()()確実に逃げおおせるというわけだ。


「お前は何があっても、周りとか世界をブッ壊してぇなんてこれっぽっちも思ったことがねぇ奴、ってことになるわな」

「人畜無害でつまんねぇ奴だよね」

「だから俺はそこまで言ってねぇだろ? 何で……あー、まあいいや。俺はそのへん管轄外なんだ。もし手前てめぇのことを喋りたくなったら、そうだな。ガラにでも聞いてもらえや」


「わかった」

とにかく、自分の影と対決する必要がないことが分かっただけで十分だ。自分と同じく無害だというなら、あの影はダカツの好きにしてくれてもいい。

考えればいくらでも時間を消費してしまいそうで、そう思っただけでも恐ろしかったのだ。

放っといてくれていいよ、と伝えて(少しのがあったが)了承されて、再び石床に座り込む。まだ講義は終わっていない。

大きくない頭の容量をかねばならないのは何よりもアイテムの扱いだ。


「勤勉だな」

「命がけだもん」

「良い心がけだ。じゃあ4つめだな」


ダカツが魔法金属の手甲しゅこうと靴を手に取った。

見た目に反してごく軽い着け心地なのは、すぐに身につけた盗賊が上機嫌なのを見れば分かる。「こいつが俺の手元にあったら、もっと活躍できたかもな……見てろ」


ダカツは素早く立ち上がると、手を上へと伸べた。

乾いた音とともに金属の五指が上へと撃ち出され、部屋の天井にしっかりと食い込む。

指先から伸びた鎖に超強力な発条ばねが仕込んであるらしく、小柄な盗賊の身体がはじけるようにあっという間に天井まで到達する。


「んでもって……よっと!」

脚で地面を歩くのと同じように、左右の手甲の指先を交互に天井に撃ち込んで、平然と前進する。

5歩ぶんもそうして見せて、出来の悪い生徒にも使い方が伝わったと見るや、左手を下に向けて五指を撃ち込み、右手を手甲から外して、一瞬で着地した。


「壁だの天井だの障害物だのあれば、どこにでも移動できるって寸法よー。便利だろー?」

「できるかな」


無理だ。

彼が手練れの盗賊だからできた動きだ。

すぐにできないと言わなかっただけ、少しは自分をほめてもいいかもしれない。

「いざとなりゃ出来るんじゃね? 命がけなんだろ、不安がってる場合かよ」


座して待つロシュの方へ歩きながら、ダカツが肩をすくめる。

彼の言う通りだった。

小さく「だよね……」と応じてため息をつくしか、ロシュにできることはない。

2022/10/21更新。

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