盗賊ダカツ(2)
「潔癖症か?」
絹の手袋をつけ、きわめて慎重に魔獣の残した宝石を扱うロシュに、ダカツが尋ねた。
「診断はついてない。中途半端なんだよね」
「ふーん。どうでもいいけど」
冷たい身体の美少年は先ほどから手元をがさごそと動かしている。
何か、袋を探っているようだ……袋?
「あっ!? ぼくのアイテムボックス!」
「いま気づいたのか」
「……鈍臭いってよく言われるよ」
「俺はそこまで言ってねぇだろ」
「言わないようにしてくれただけでしょ」
誰だって自分の言動を見れば多少は鈍いとか、間抜けだとか、遅いとか思うはずだ。自覚だけはできていても、周りに先生と呼びたくなってしまうようなすごい人がいる今でも直せないのだから、もう筋金入りなのだ。
──と、ロシュは思っている。
「捻っくれてンなぁ……ってかほとんど何も入ってねぇじゃん。準備もせずによく来たもんだな」
「こんなキツい試練だって思わなかった。ぼくが……ばかだったんだ。分かってたらもっと」
「もっと、何だ? どうにかできたか。準備して臨めば、もっといい状況に持って来れたとか思うのか」
首を横に振って見せるしかない。
ダカツはそんなロシュを嘲りもせず、嗤いもしなかった。
それきり押し黙って、アイテムボックスの中身を無遠慮にまさぐる。
大事にしまってあるものほど興味をそそられるのが盗賊の常、なのだろうか。
「おっ、やっと出てきた」
ややあって、盗賊が首尾よく自らの欲求を満たした。
使い方も把握しないまましまってある、ドライバッハから下賜されたアイテム群を見つけたのだ。
まるで自分の物にしたかのように丁寧に取り出す。
「こりゃあ……」暗い中でも利く猫の目でためつすがめつ検分し、「ああー、そういうことかよ。ふーん……」意味深な微笑みを浮かべる。
「何かわかったの」
「教えてやんねぇ」
「ですよねー……」
「まあ、諦めずに進むとか? お前なりに頑張るとか? そんなんしてりゃ、近いうちに分かって来るんじゃねぇのー?」
似合いもしない(と思っているだろう)前向きな言葉を面倒臭そうに口にしたかと思うと、目前にあるランプに息を吹きかけて、魔法の炎の勢いを少し強めた。
「ついでだ。得物の使い方くらい教えてやらぁ」
例の腐臭がより強く、より凶悪に吹きつけて来る。
ダカツは円形の手裏剣を無造作に掴んで、ごく素早く立ち上がった。
「まあ、簡単なもんだ」
少し遅れて立ったロシュにこともなげに告げて、一瞬だけ意識を集中する。
彼の指先に灯った蒼白い輝きが手裏剣に移動し、瞬時に包み込む。
魔法金属を打ち合わせた時に特有の甲高い音をわずかに響かせて、手裏剣の円周に4つ、それぞれ角度と方向の異なる鋭い刃が飛び出す。
凶悪な本性を現した手裏剣が震え、同じ形状を5つほど生成(敵の数に合わせて分離できると思われる)して、いよいよ準備が整った。この間、1秒にも満たず。
不可思議な武器の出現にも構わず跳びかかって来た数匹の醜い魔獣が、涼やかな音とともに回転し始めた刃の餌食となった。
だらしなくよだれを撒き散らす4つの大口に同時同様に入り込むと、獣の体内で、あくまでも静かにうなりを上げる。
ロシュにも分かった。理解できてしまった。
高速で回転する手裏剣が、奴らの体の中で高速で暴れ回っている。
肉をたやすく切り、骨さえも断ち、はらわたを磨り潰している……!
仕組みは恐らく、家族が使いこなしていた異世界の農業器具と同じだろう。
大木を切る『チェーンソー』と草むらを薙ぎ払う『草刈り機』の中間のような感じだ。
リンゴか何かを絞っているようにしか見えない。
魔獣の叫び声の中で、紫色の返り血を全身に浴びながら、ロシュは嫌に冷静に特殊な武器について考える自分を発見した。
「怖ぇえかよ……?」
いつの間にか傍に立って尋ねるダカツの声も震え、上ずる。
不可思議な武器の威力に驚いているわけでも、ましてロシュのように恐怖や畏怖を覚えているわけでもない。
盗賊の顔を、恐る恐る、見た。
笑っている。
愛らしくさえある顔に──薄い唇のあたりに飛び散って来る紫色の血しぶきを舐め取り、肉片を噛みちぎりながら、凄絶な微笑みを浮かべている。
ロシュは小さく頷いて、ダカツの冷たい手を取った。
2022/10/14更新。
2022/10/15更新。




