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恐怖(2)

生き物の喉を通っているような、生暖かくて妙な柔らかさのあるトンネルを、ロシュは転がり落ちてゆく。


何度も何度もかどばった突起にぶつかった挙句、とどめのように全身を石床にひどく叩きつけられた。

ぎゃッとうめく。骨が砕けたようだ。

数カ所で済んだのか、それとも全身か、それさえ分からない。

激しく咳込んで血を吐いて、「あはは……ひどいや、グレーゴル」そして、わずかに恨み言を呟く。


普段は鈍いのに、今どんなふうに身体が痛むかだけは理解できた。

ろっこつが何本か折れて肺に突き刺さっているらしい。


腐臭が鼻をついた。


グレーゴルの指定した目的地(地下37階とか言ってたか)に到着したものと思われるが、喜びや洋々とした明るい気分などは欠片も湧いてこない。

とりあえず一番下(暫定)まで着いたのだから、と気分を前向きにすることすら難しい。

どだい無理な話だ。


また何かが来るだろう、としか思えなかった。


でも、痛くて痛くて動けない。

何かにつけて怒鳴られたりなじられたりはしてきたが、狭い人間関係の中で露見するとまずかったのだろう、殴られたり蹴られたりと言ったことは体験してこなかった。


ザクセン達の冒険に付き添いで行った時も、彼らが守ってくれて、ウルフに噛みつかれた事さえ一度とてなかった。


痛い。

とにかく、どこもかしこも、痛くてたまらない。

生きたまま噛みちぎられた時の激痛よりはいくらかマシだが……また動けなくなってしまった。

嫌になってしまった。

動き続けなければならないのに、動けない。


また、来る。

こわいものが来る。


でも、まだ気配がしない。

前回と違って時間があるようだ。

ロシュは少し、考えてみることにした。


グレーゴルは……いや、彼のせいではない。

こちらをだまそうとする意図があったわけでも、裏切られたわけでもない、だろう。

『どこまでできるか見せろ』という激励の言葉は、彼の本意だったはずだ。

彼は試験官であり、助言者であり、明朗な友となり得る人物だ──たぶん。


ぼく自身に問題がある、と思った。

とっさの事態に素早く対処できない弱点が、この状況をもたらした。

仕事の成果が示せて、ギルドの外の人から褒めてもらえて、それがうれしくて。

なんでも出来そうな気分になった。()()()()()()()


ザクセンやライヒェルトなら、状況が好転しそうな瞬間でさえ周囲を観察し、冷静に判断し、瞬時に行動する事ができるはずだ。

あの場では、もっとグレーゴルや無名の女戦士と話をしなければならなかった。

貰ったアイテムの効能や活かし方や……聞いてくれればだけど、自分がどれだけアイテムに関わる仕事をしたいか、ってなことまで。

色々な話をするべきだったのだ。

武器や防具を装備しておけば、あらゆる事態に備えられたのに。


触れたり見たりすれば、アイテムのことなら何となくわかる。

そういう才覚があるのかもしれないとギルドの皆は言ってくれていた──決して調子に乗っていなかったと言い切れるだろうか?

そんなことはない。


慢心を見抜かれた。

だから急に状況を変えられてしまったのだ。どうしようもない方向に。

一気に追い込まれてしまった。


せっかく貰った物品を使う暇も、使おうとする余裕もなかった。

少しでも冷静だったなら、何かの対応ができたはずだった。


ロシュは観念して、ただ横たわって待った。

仕方がない。

背負ったリュックサックや、奇跡的に手放していないアイテムボックスから物品を持ち出すことさえできないのだ。


そして、時間が来た。

熱いものがこみ上げてくる。

激しく咳込む。


口を開ける。

吐く。

血だ。

赤黒い血があっと言う間に広がって、不気味な池を作り上げた。


いつだったか……ひとりで喘息の発作に耐えていた時みたいな気分になった。

喉が裂けてしまったらどうしよう、と思ったものだ。

その通りになった。小さい頃の想像が恐れが今、具現化してしまった。


何かに噛まれたりとか斬られたりとか、外からの苦痛がやって来るのだとばかり思っていたから……ちょっとだけ拍子抜けした。

こういう趣向もあるのか、と思ったが……。


すぐに、何もわからなくなった。

2022/10/11更新。

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