試しの塔(1)
ギルド仲間から試験を受けてみないかと誘われたのは3日前だ。
ここ『黒土乃国』では、武術や魔法を志す者ならば誰でもその技能によって身を立て、志を成し遂げる機会を与えられる。
大小あわせて二十数か国に分かれた領土の隅々からすぐれた才覚を見出し、公平に登用したり生活を保証したりするための制度だと聞いている。
受験者それぞれに合わせた場所、条件そして褒賞が用意された、年齢不問の試験。
受験する者にしか内容が分からないようになっているそうで、優しいライヒェルト"兄さん"は「受けても受けなくてもいいし、おれもお前が心配なんだけど、1回は提案するのがウチの決まりなんだよ」なんて苦笑しながら言った。
ロシュは、試験を受けると答えた。
別に褒賞が目当てだったわけじゃない──と言い切ってしまうとウソになるが、やはり、自分の力を試してみたかったからだ。
本音を隠して生きるのは辞めよう、そうしていいのだと、この家族みたいな冒険者ギルド『瑞風の園』に来た時に決めたのだ。
そうして、「お前にそんな勇気があったとはな」なんて苦笑されながら(彼なりの褒め言葉だ)【黒騎士】のザックことザクセン"兄さん"に連れられて試験の会場にたどり着いたロシュだったが……。
「はぁ、はぁ……なっ、なんで、こんなことに……っ」
何故か知らないが、「ま、頑張れよ」と送り出された先の試験の場は、どんな実力者でも決して最奥を究めることはできず、しかし勇気ある者には暗黒の王からの供応が待つと言われる最難関ダンジョン『試しの塔』だったのである。
古代の王によって建造された『試しの塔』は、豊穣の大地たる大陸を統べる連邦国家『黒土乃国』の領土の南端に位置する。
塔のある島そのものが『暗黒』の魔力で満ち満ちた魔境であり、煮え立つマグマの海が縁なき者達をまず阻む。
自分を横抱きにしたまま(いわゆるお姫さま抱っこだ)、鼻歌なんぞ歌いながら長い長い橋を渡ったザクセン=ギゥレとは本当は何者なのだろう、などと冷静さを取り戻した頭で考える。
とんでもなく美しく優雅だが限りなく獰猛な(姿を見るだけで伝わって来た)魔獣に追い立てられるまま、島の地下へと伸びた塔を果てしなく降りた。
その追撃がぴたりと止んだ地点に『結界鋲』を設置して、ようやく休息をとっているところだ。
どこをどう走ったかなんて覚えていない。
でも、走りすぎて脚が痛い。これが現実だと迫るかのような、鈍く熱い痛みが、今や全身を覆っているような気さえする。
ロシュはひたすら深呼吸を繰り返した。
喉が渇く。痛んで悲鳴を上げている。
何か飲まなければ。
『アイテムボックス』を開いた。
生の食材や人間を入れておくことは出来かねるが、それ以外なら何でも補完できるという触れ込みの、一般的な魔導具。
あらゆる道具を使いこなす支援職【運搬者】を選んだロシュは、師匠でありギルド長でもあるヴァレリアから上等で広い品を与えられている。
魔力を持たなくても、武具や道具を人並み以上に使いこなすことさえできれば──必ずその技能が自身を助け、周囲を援護することになろう。
師匠が優しく教えてくださった。
凍った水筒を取り出す。
氷で編んだ薄布をていねいに引きはがすと、鋼のボトルが徐々に解凍され、水や果実飲料が飲めるようになる仕組みだ。
冷静になれ。
何度も何度も自分に言い聞かせる。技術を、武具を、道具を。自分を信じるんだ。
ユェン"姉さん"がいつも言っているじゃないか。
解凍が済んだ。
水を飲み干す。
身体中を駆け巡る冷水が軽い頭痛を引き起こした。
これが嫌いじゃないんだよね~、なんて笑う"妹"のゼナの愛らしい顔を思い出す。
もし何かを手にして帰る事ができたら。
ゼナに、彼女の好きなイチゴ味のアイスクリームを買ってあげよう。
"兄さん"や"姉さん"からのお小遣いじゃなくて、自分の力で買ってあげよう。
──家族みたいに愛してくれるギルドの皆の姿と言葉だけが、今ロシュを支える。
2022/9/12投稿。