表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
98/109

98.それぞれの変化

 ザーッと雪の上をソリの馬車が走る。室内には一組の兄妹が向かい合って座っていた。


「よろしかったのですか? お兄様」

「何がだ?」

「アメリアさんのこと、気に入っておられたでしょう?」

「確かに優秀な錬金術師だったのだよ」


 レイナ姫はクスリと笑う。


「隠さなくてもいいのですよ。私はお兄様のことなんでもお見通しですわ」

「……」


 エドワードはそっぽを向く。窓の外は真っ白で何も見えない。見ているのは外ではなく、遠く離れているかの地。


「単なる気まぐれ、お前と同じおせっかいをしただけなのだよ」

「見ていてむず痒いですわね。あの二人は」

「まったくなのだよ。だが少なくとも己の気持ちを自覚した。あとは勝手にすればいいのだよ。俺は友として……見守るだけだ」

「ふふっ、そうですね」


 二人を乗せた馬車は国境を超える。過酷な冬の寒さが一瞬で消えて、帰国したことを肌で実感する。窓の外は晴れ渡る青空が広がっていた。


「さぁ、これから忙しくなるのだよ」

「私もお手伝いしますわ」


 次に彼らがこの地を訪れるのはまだ先の話。その時には馬鹿王子ではなく、こう呼ばれているだろう。

 アルザード王国、次期国王筆頭候補――エドワード・アルディオン、と。


  ◇◇◇


 アメリアたちがエルメトスの元で真実を知った時、彼女の古巣である王都でもとある変化が訪れていた。

 王宮内はいつになく慌ただしい。何人もの兵士や職員が、廊下を右往左往しながら叫ぶ。


「ポーションはまだか!」

「た、ただいま作成中でして」

「遅い、遅すぎる! これでは間に合わないぞ! わかっているのか? 今、こうしている間にも感染者は増え続けているんだ」

「も、申し訳ありません」


 怒られ頭を下げているのは、宮廷錬金術師の所長、その人だった。横柄で偉そうな態度をとっていた彼女の姿はどこにもない。

 目の下にはクマがくっくりとできて、身体も少し瘦せていた。原因はハッキリしている。カイウスの失脚後、彼女を取り巻く環境は劇的に変化した。

 常に監視の目が付き、仕事内容や部下への命令も含めてくまなくチェックされる。不必要な外出も、休日の息抜きすら自由にはできない。

 過度な仕事で溜まったストレスに、監視によるストレスも追加されたことで、彼女の精神は大きくすり減っていた。

 そこにきて、今回の事態。

 もはや限界に近い。だが、彼女だけではなかった。残された錬金術師たち全員が、今までよりも縛りがきつくなっている。

 中でも彼女は特別厳しい対応をされている。

 アメリアの妹、リベラが廊下を通る。所長と視線が合って、お互いに後ろめたさから視線をそらし、挨拶もせずにすれ違う。

 リベラは罪人となったカイウスの元婚約者であり、もっとも事件への関与が疑われていた。その影響はアルスター家全体の信用にも影響した。

 故に、両親からの叱咤も数えきれないほど受けている。疑いを晴らすために実績を残すことを義務付けられていた。

 宮廷錬金術師として、彼女は今日も働いている。弱音を吐いても助けてくれる人はいない。手伝ってもらいたくても、誰も彼女に手は貸さない。

 奇しくも彼女は、かつてアメリアが体験していた状況をなぞっていた。そして今、彼女たちは窮地に陥っていた。

 誰もが思う。今のままでは何も解決しない。仕事量は日に日に増え続けて、いずれパンクしていまうだろう。監視されている以上、逃げることもさぼることも許されない。

 こんな状況を乗り越えられるとしたら……。


「アメリア」

「……お姉さま」

 彼女しかいない。稀代の天才錬金術師アメリア・アルスターの力が必要だと。


  ◇◇◇


 私は研究室から窓の外を見つめる。外は相変わらず猛吹雪で真っ白だけど、ほんのり人の姿が見えるようにはなった。


「あと一週間くらいで冬も終わるんだね」

「ああ、そしたらまた春だ」


 研究室にはトーマ君も一緒にいる。今は二人で休憩時間を共有していた。


「春の準備もしたほうがいいかな?」

「そうだな。ついでに前回の春より快適に生活できる方法も考えておくか」

「うん。目標は普通の四季と変わらない生活、だね」

「何度も夢に見たな。でも、アメリアのおかげで現実味を感じられるようになったよ」


 私とトーマ君はしみじみと実感する。四季の移り変わりを、その変化を。この地にやってきて、もうすぐ四か月が経過しようとしていた。

 春から始まり冬へ。そしてもうすぐ一周する。普通は一年で体感するものを三分の一の時間で

感じることになった。

 感覚的にはもうすぐ一年経つなぁーくらいのもので、それほどこの四か月が色濃く、充実した日々だったことの証明だ。


「本当に変わった。変わってくれたな……この領地が」

「うん。そうだね」


 彼はまだ気づいていないかな?

 変わったのは目に見えるものだけじゃない。私の心、奥底に眠っていた新しい感情に気付いてから、この目に映る世界が少しだけ明るくなった気がする。

 トーマ君は窓の外を見つめる。そんなトーマ君を私がじっと見つめる。

 私はトーマ君が好きだ。この気持ちを伝えたい。だけどそれは今じゃない。勢いとか、その場の雰囲気とかに流されず、お互いがお互いのことをしっかり見られる瞬間に、私は想いを伝える。

 その時が来るまで、この気持ちは大事に温めておこう。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
新作投稿しました! URLをクリックすると見られます!

『残虐非道な女王の中身はモノグサ少女でした ~魔女の呪いで少女にされて姉に国を乗っ取られた惨めな私、復讐とか面倒なのでこれを機会にセカンドライフを謳歌する~』

https://ncode.syosetu.com/n2188iz/

※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※※

第一巻1/10発売!!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000

【㊗】大物YouTuber二名とコラボした新作ラブコメ12/1発売!

詳細は画像をクリック!
https://d2l33iqw5tfm1m.cloudfront.net/book_image/97845752462850000000/ISBN978-4-575-24628-5-main02.jpg?w=1000
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ