96.私は彼に――
エドワードは一人屋敷の廊下を歩く。どこへ向かうわけでもなく、適当に歩いていた。
「さて、どう時間を潰すか」
「――本当に珍しいですわね。お兄様が誰かにおせっかいを焼くなんて」
「……レイナ」
廊下の影からこっそり顔を出したのは、エドワードの妹であるレイナ王女だった。彼女は今も領地に残り、エドワードと共に手伝いをしている。
「盗み聞きとはいい趣味とは言えないのだよ」
「ごめんなさい。珍しいお兄様が見られたのでつい」
「ふっ、お前こそ、アメリアに余計なことを教えていたではないか」
「あら? あの時の話を聞いていたのですね」
レイナはアメリアと二人きりで話した時のことを思い出す。
「盗み聞きはお互い様ですわね」
「俺は聞くつもりで聞いたわけではないのだよ」
「同じですわ。ですか、それならトーマ様も知っているのですか?」
「いいや、あいつは聞いていないのだよ」
あの日、話を終えたところでトーマが二人の元へやってきた。その後、エドワードは屋敷で合流している。
「先に来られたのはトーマ様でしたよ?」
「俺が去った後だ。あいつには適当に荷物の整理をさせて、俺は先に移動したのだよ」
「あらあら、ひどいお人ですね。そんなに気になるのですか? あの二人のことが」
「勘違いするな。俺は特別、トーマたちに気をかけているわけではないのだよ」
語りながら歩き出す。その後ろをレイナが続く。
「ただ……」
「ただ?」
「あいつらを見ていると、無性にもどかしく感じるのだよ」
「……ふふっ、その気持ちわかりますわ」
◇◇◇
六日目。
私たちはエルメトスさんの元を訪ねていた。
「魔力を吸収する石? 魔導具の核になっている石のことかい?」
「はい。それをできるだけたくさん頂けないでしょうか? 今殿下にも集めてもらっているんですが数が足らないかもしれなくて」
「構わないけど、どうするつもりなんだい?」
「結晶化を止めるポーションの材料にします」
エルメトスさんは両目を大きく見開き驚いていた。私は彼に、昨日から考えてまとめた案を説明する。
「結晶化には個人差がありました。その要因となっていたのが、魔力量の差です。魔力量が多い人ほど発症が遅く、進行も緩やかです」
トーマ君やシュンさんがいい例だった。二人とも発症してからの進行が極めて緩やかだ。魔法使いである二人は、常人よりも魔力が多い。日々の鍛錬によって培われた力だ。
「魔力が免疫になっているんだね」
「はい。だから魔力を増幅させれば、結晶化を抑え込むことができるはずです」
「簡単に言うけど、魔力を増やすには時間がかかるよ? トーマたちだって、僕の元で修行したから多くなったんだ」
「わかっています。普通の方法では無理です。でも、今は打ってつけの材料がありますから」
私が取り出したのは結晶の一部だった。これを錬金術で解析した時、私の身体には魔力が流れ込んできた。異質な魔法のエネルギーも、元を辿れば誰かの魔力だ。
私が魔力を吸収しても、その後の身体に変化がないのがその証拠だろう。だったら結晶に使われている魔力を利用し、人々に還元すればいい。
「なるほど。そのために本人の魔力を元にするわけかな?」
「はい。そのまま吸収すれば、異物として身体に影響が出てしまいます。だから本人の魔力を混ぜ合わせて、性質を調整するんです」
魔力には実体がない。実体がないものは錬金術の素材にはできない。ただし、結晶化した魔力や、魔力を吸収した鉱物なら別だ。その素材に含まれる要素として扱うことができる。
「わかった。すぐに集めよう」
「ありがとうございます!」
「いいや、お礼を言うべきは僕のほうだ。こんな方法……僕にできない。君じゃなければ思いつくことも、可能にもできない。アメリアさん」
エルメトスさんはまっすぐ私を見つめ、改まった雰囲気で伝える。
「君がいてくれてよかった」
最高の誉め言葉を。
みんなにそう思ってもらえるように、この先も一緒にいられるように。この領地の人たちと、彼と一緒に――
七日目。
「……奇跡だな」
「違うな。人の力で成しえたことだ。これは奇跡ではない。努力の結果なのだよ。しいて言葉にするのであれば、奇跡ではなく偉業だ」
「そうだな」
ポーションが完成し、人々に配られた。それは個人の魔力を元にして、外部から大量の魔力を補給する効果を持つ。
一つ一つがオーダーメイド。一本一本、異なる錬成陣を用いて作成された。量産は難しく、作り出せるのはおそらく、世界でただ一人。
「アメリアだけが成しえた偉業だ」
領民の方々からたくさんの感謝の言葉が聞こえてくる。私はその声を聞きながら、ホッと肩の力を抜く。
「お疲れ様、アメリア」
「うん」
「なぁ、今だけ少し……いいかな?」
「……?」
突然だった。体中がぎしっと痛いくらい、抱きしめられた。
「トーマ君?」
「本当にありがとう。この地を救ってくれて……おかげでまだ、一緒にいられる」
「……私のほうこそ、助けられてよかった。一緒にいられて……」
心から思う。
全身から伝わるぬくもりが、心臓の鼓動が、言葉に籠る感情が、私に生きる意味をくれる。今ならハッキリわかる。
やっぱり彼女の言っていたことは正しかったんだと。
私は――トーマ君に恋をしているんだ。






