95.みんなが助かる方法
三日目。
予想通り、シュンさんの身体に結晶化の症状が現れた。トーマ君とイルちゃんに変化はない。私の予想は当たっていたのだろう。
「まだ小さいし動きに支障はない。仕事はできそうだ」
と、シュンさんはいつもの調子で仕事へと出て行った。症状の出始めは、特に肉体への影響は少ないようだ。
ただ、症状が進むにつれて辛くなる。最初に発症した男性は、すでに右肩と右胸部、腰と顔の一部が結晶化している。
動かしずらさはもちろん、話すことにも支障が出始めた。そして――
「なんだか身体が怠いんですよ。足は動くんですが、歩きだそうって気になれなくて」
「痛みまだありませんか?」
「ええ、不思議なくらいに」
症状として倦怠感が現れ始めた。いよいよ日常生活に支障が出始め、領民たちからも不安の声が増えていく。
さすがに隠すことは難しくなり、トーマ君から領民の方々には説明してもらった。過去に起こった戦争の一件など、根本にかかわる部分は伏せて。
この病の特殊性と今後の症状の変化、最悪の場合には死に至ることも。しかしそれほど大きな混乱は起こらなかった。
早急に対策を立てているから待っていてほしい。ただの言葉を彼らは信じてくれた。領民のトーマ君への信頼が成せる結果だと思う。
症状の検査や進行には、領民の方々も積極的に協力してくれるようになった。日に日に情報が集まり、いくつも仮説を立てていく。
四日目。
さらに症状は進行し、すでに領地で暮らす者たち全員が結晶化し始めた。そう、彼らも。
「俺は右胸からだな」
「あたしは右足だった! 腕とかのほうがよかったなー、足から固まったら動けなくなっちゃうじゃんか」
「能天気すぎるのだよ。命がかかわっているというのに」
「別に平気だぜ? だってリア姉さんがいるし!」
イルちゃんの無邪気な笑みから伝わるのは、心の底から湧き出る私に対する信頼。その思いに応えるべく、私は今日も奮闘する。
実はすでに、結晶化を解除する方法は思いついていた。あの結晶は魔法のエネルギーが結晶となったもので、直接的に人体を変質させているわけじゃない。
進行すれば人体に及ぶけど、そうなる以前ならただの異質な結晶だ。その正体を知っている今なら、錬金術で分解するように、結晶だけを取り除き砕くことができる。
元となる素材は結晶化してしまった植物たちだ。自然の恵みを利用して、結晶化を解除するポーションを作成する。
「さすがだな。もう解決策に到達するとは」
「いえ……これじゃまだ不十分なんです」
「なぜなのだよ。結晶化の解除はできるのだろう?」
「はい。一時的には」
ポーションはすぐに完成し、一番最初に発症した男性に使った。私の目論見通り、結晶化した部分が砕けて消える。
「おお! 一瞬で治りました! すごいですねこれ! これがあればみんな安心だ!」
「ありがとうございます。でも無理はしないでくださいね。まだ完全に治ったわけじゃありませんので」
「え、そうなんですか?」
「……はい」
結晶化は体内に魔法のエネルギーが蓄積されたことで起こる。つまり、表に現れた結晶はほんの一部でしかない。結晶を取り除いても、根本が残っていれば再び発症する。
五日目。
案の定、昨日ポーションを使った人たちが再発した。しかも初めて発症した時よりも進行が格段に速い。おそらく抵抗力がない状態での発症だったからだろう。
私の予想は的中してしまった。これでは結果の先延ばしにしかならない。根本を取り除くしかないんだ。
ただ、薬でもポーションでも、実体のないものを選び排除することはできない。結晶化という形ある状態になっていたからこそ、今回はポーションで対処できた。
錬金術でも、魔力そのものに触れたり感じることはできないんだ。
「何か方法は……」
情報はたくさん集まった。みんなの協力もあって、被害は最小限に抑えられている。でも長くはもたない。ポーションの材料だって無限じゃないんだ。
結晶化を解除してもすぐに再発し、その度に進行速度は上がっていく。いずれは毎日、毎時にポーションを飲まないと生きられない状態になるだろう。
そうなったら手遅れだ。
時間がない。もっと時間が……考える猶予が欲しい。もう少しで何か掴めそうなのに、頭がごちゃついて上手くまとまらない。
「大丈夫か?」
「トーマ君……」
「無理するな。君、最近ほとんど寝てないだろ? 睡眠時間を削ってまで働いて、君が倒れたら本末転倒なんだ」
「……うん」
わかっている。だけど、本当に時間がないんだ。
トーマ君の結晶化も進んでいて、左の頬の一部まで紫色の結晶が侵食している。首にもかかっていて、かなり不自由なはずだ。
「トーマ君、ポーションを飲んで」
「いいや、俺はまだ平気だ。数に限りがあるんだろ?」
「でも」
「大丈夫だ」
そう言って彼は優しく微笑む。いつもより元気がないのは、結晶化が進んで倦怠感が現れ始めているせいだ。
シュンさんやイルちゃん、他のみんなも同様に疲れが見え始めていた。そんな中でも毎日、領民の方々のケアに勤しんでいる。
私以外のみんなが、眼前に迫る死の恐怖を感じながら生きている。心にも身体にも余裕がない。
私がなんとかしなきゃいけない。そうしないと、私以外のみんなが死んでしまう。誰もいなくなって、私は一人になる。
「気負いすぎなのだよ。お前は」
「殿下……」
「先のことが不安なら安心するのだよ。もしも失敗したら、その時は俺が雇ってやるのだよ」
「え……」
思わぬ一言に、研究室の空気が凍り付く。あまりに不謹慎な一言に私は戸惑い、トーマ君が殿下を睨む。
「おいエドワード、こんな状況で……笑えない冗談だぞ」
「冗談ではないのだよ。いずれにしろ先のことは考えておかなければならない。彼女は確実に死ぬことはないのだからな」
「お前……」
「こんな状況で、とお前は言ったな? 逆だ。こんな状況だからこそ考えるべきなのだよ。最善を尽くして無理なら仕方がない。お前たちは誰も彼女を責めない。だがな? その時、お前たちは傍にいない。残るのは彼女一人なのだよ」
「――!」
無人になった領地に一人、私だけが残っている。嫌でも想像してしまう。そうなった未来で、私はどうやって生きていく?
生きる意味なんて……あるのかと。
「そうなった時、アメリアを支える者はいない。だから、俺が代わりをしてやろうと言うのだよ」
「……お前が、彼女を支えるっていうのか?」
「ああ。これでも彼女のことは気に入っているのだよ。決して無下にはしない。俺の元で、何不自由ない生活を約束するのだよ。それなら、お前も安心なのではないか?」
「……俺は……」
殿下はトーマ君に問いかける。トーマ君は視線を下げて考え込む。私が殿下の元に行けば、トーマ君は安心してくれるのあろうか?
もしも一人になっても……私は安心できるのだろうか?
私は……。
「確かに安心だ」
「……」
「けど、残念だがそんな未来は訪れない」
「――トーマ君?」
トーマ君はいつものように、笑って答える。
「俺は死なない。何があっても、彼女を一人になんてしない。やっと再会できたんだ。七年は長かったよ。もう、離れるつもりなんてない」
トーマ君の手が私の手に触れて、自然にぎゅっと握りあう。温かい手だ。トーマ君のぬくもりが、心の温度が伝わってくるように。
「まるで子供なのだよ」
「ああ、単なる我儘だ。けど、信じてるからな」
「ふっ、だったら変な意地を張らずにポーションを飲むのだよ」
そう言って殿下は結晶化を解くポーションをテーブルの上に置き、トーマ君の前に差し出す。殿下は背中を向ける。
「お前が死ねば誰が一番悲しむか、理解しておくのだよ」
「エドワード……」
「材料が足らなくなった。手配してくるのだよ」
彼はそう言い残し、研究室を出て行った。残された私たちは、目の前に置かれたポーションを見て思わず笑ってしまう。
「……今回は俺の負けだな」
「いい人だね。殿下は」
「ああ」
もっと自分の身体を大事にしろ……と、殿下はトーマ君に伝えたかったんだと思う。この手のぬくもりが私の心を強くするように。伝わる熱と一緒に、私は気づく。
「ねぇトーマ君……見つけたよ」
「アメリア?」
「みんなが助かる方法。もう誰も、つらい思いをしなくて済む方法が」






