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91.当事者

 現代から遡ること三百年前。国境に位置するこの地は、まだどの国にも所属していなかった。当時から普通よりも気候の乱れが多く、人が住みにくい場所だった。

 しかしそんな場所にも愛着をもって暮らす物好きな人間はいる。少数が集まり村を作り、やがて大きくなり街に、都市へとなった。

 厳しい環境も、慣れてしまえばなんてことはない。春は少し風が強いだけで、夏は他よりちょっぴり暑さが強い。秋は乾燥で体調を崩さないように気を付けて、冬の寒さは暖炉と暖かな毛布で凌ぐことができる。

 何よりここは自由だった。国という大きなしがらみもなく、彼らは平和に、楽しく過ごしていた。

 だが、そんな平穏を破壊する出来事がおこった。

 そう、戦争だ。

 国同士が土地を、権利を、人員を奪い合う争いが起こった。国同士のいざこざだ。本来なら、国に属さない彼らには無関係。しかし位置が悪かった。

 隣接する二つの国は敵対関係にあり、あろうことかこの土地を戦地に選んだのだ。互いに都合がよかったのだろう。

 どちらの領土でもなかったから、遠慮する必要はなかった。建物が壊れ、大地がえぐれ、川が枯れてしまっても関係ない。自分たちの領土ではないのだから。

 彼らはためらわず、勝利のために兵力の全てを注ぎ込んだ。当時の戦争、その勝敗の決め手は数でも策でもなく、魔法使いや魔導兵器の存在だった。

 より強い魔法使いを雇い、強力な魔導兵器で大地ごと蹂躙する。自国の中では使用を躊躇われる大魔法も、無関係な土地なら心置きなく発動できた。

 魔法と魔法のぶつかり合いによって戦争はさらに激化し、多くの犠牲者を出した。無関係な住人が大勢殺された。

 やがて戦争が終わりを迎えた頃、栄え始めていた都市はなくなり、人々が住めるような環境ではなくなっていた。

 度重なる大魔法の発動によって、大自然は特異的な変貌を遂げてしまったのだ。春の風は建物を吹き飛ばすほど強力になり、夏の暑さは生命の危機を感じさせるものとなり、秋の乾燥はあらゆる作物を枯らせ、冬の寒さは世界を白く染める。

 戦争は終わり、世界は平和になった。

 しかし戦争が残した傷は大きく、深すぎた。その傷は二度と消えない。何十年、何百年先の未来にも残り続ける。

 決して忘れさせてはくれない。


  ◇◇◇


「僕は、あの戦争の当事者なんだよ」


 エルメトスさんは昔話を締めくくるようにそう言った。人類史上もっとも大きく苛烈な戦争、その当事者であるというのなら……。


「師匠は……三百年の前から生きているというんですか?」

「そうだよ。いや、正確には違うのだけどね」

「どういう意味ですか?」

「生きているという表現とは若干ずれるんだよ。僕の肉体は当の昔に滅んでいるからね」

「滅んで……でも師匠は」


 目の前にいる。触れることもできるし、会話も成り立っている。エルメトスさんという個人は、確かに私たちの眼前に存在している。

 トーマ君だけじゃない。私や、この場にいるみんなが証明できる。


「この肉体は作り物だよ。正確には、魔法で作られた幻影にすぎない」

「幻だというのか?」

「そうさ。ただし普通の幻じゃない。実体のある幻影、とても特別な魔法によって形成された仮初の肉体なんだよ」

「……にわかに信じられないのだよ」


 殿下と同じことを、この場の全員が感じていた。しかし、続けられた彼の説明に、私たちは少しずつ納得していく。


「僕はずっとあの森にいる。今までほとんど出ることはなかったのは、出られなかったからだ。僕の魂はあの森と家に宿っている。あの場所でないと、僕は実体を保てないし、魔法を行使することもできないんだよ」

「だったらこうして出てきているお前はどうなる?」

「これは分身だよ。本体は今も森の中にいる。内側で魔法を発動させてから外に出した。故に、この状態の僕には何もできない。魔法は使えない。君たちとこうして語らうことだけが、僕に許された自由なんだ」


 彼にとってあの森こそが、自身の存在を定着させ顕現できる唯一の場所だという。だから彼はいつも同じ場所にいた。

 力を貸さないんじゃない。貸したくても貸せなかった。彼にできたのは、知恵を貸すことだけだった。

 トーマ君やシュンさんに魔法を教えたのは、自分にはできないことを二人が代わりにやれるようにするため……かもしれない。

 話を聞きながら、トーマ君はぐっと唇を噛みしめる。


「なら、どうして今なんですか? 突然教えてくれた理由は?」

「さっき見せた花だよ。あれは予兆だ。いずれこの地を襲う天災……否、過去から未来へ蓄積された負のエネルギーの爆発」

「なんの……話を……」

「今から一週間以内に、この地の生物はすべて結晶化してしまう」


 全員に衝撃が走る。驚きと、寒気が背筋をぞっと凍らせる。生物が結晶化する。私たちが見た花のように、紫色の結晶に包まれる?

 そんな光景を想像してしまえば、誰だって恐ろしくなる。一番年下のイルちゃんが、身体を震わせながら叫ぶ。


「な、なんだよそれ!」

「どういうことなのだよ。なぜ結晶化する? お前がそうさせるのか?」

「違うよ。僕を疑う気持ちもわかるけど、これは自然現象だ」

「馬鹿を言うな。そんな自然現象など聞いたことがないのだよ。花だけでなく生物が結晶化するだと? そんなことができるとしたら、魔法以外にあり得ないのだよ」


 確かにその通りだ。人体の結晶化なんて事例はこれまで一度も報告されていない。その予兆や近い現象すらない。

 完全に未知の領域だ。さっき調べた限り、あの結晶の主成分は魔力だった。誰かの魔力が結晶化して、花を封じ込めていた。

 人為的なものだと考えるのは、この場合だと自然なことで……そんなことができる人物に心当たりがあるとすれば……。


「師匠……」

「……知らないのも当然だよ。こんな自然現象は、この地でしか起こりえない。かつて魔法によって破壊され、乱されたこの地だからこそ起こる」


 エルメトスさんは続けて説明した。

 この地には、魔法による戦争の傷跡が未だに残っているという。それは目に見えるものではなく、隠れた変化だと。

 大魔法同士がぶつかり合い、様々な兵器が使われ、多くの魔法使いが命を落とした。その結果、この地一帯に通常ありえない濃度の魔力が満ちることになる。

 正確には魔力ではなく、魔法の効果の一部がまじりあい、細かな粒子状に変化して空気に漂い、大自然を生きる生命に影響を与えた。

 いうなれば、魔法による大気汚染。その影響によって人間にしか生まれない魔力を、植物や動物たちが持っている。

 そして大気に漂う異質な魔法のエネルギーは、時間を重ねるごとに増幅し、さらに異質なものへと変化していた。


「その終着点が結晶化だよ。魔力が実態を持ち、結晶という形へと変化する。この地に生きる生命にだけ起こりうる不治の病だ」

「そんな……なら、一刻も早く領民には外へ」

「無駄だだよトーマ。今さら外に出たところで結果は同じだ。人々の身体には、すでに大量の汚染物質が取り込まれている」

「だったらどうして! もっと早くに教えてくれなかったんですか!」


 トーマ君が叫ぶ。怒りと悲しみの入り混じった複雑な表情を浮かべながら。恩人であるはずのエルメトスさんに、憎しみの感情を抱こうとしているのだろう。

 エルメトスさんは静かに口を開く。


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