9.お仕事開始です!
「え? 今日からお仕事じゃないの?」
「そのつもりはなかったな」
翌日の朝。
朝食を食べながら、私は衝撃を受けていた。
今日から仕事だと思っていた私は、彼に何をすればいいのか聞いたんだ。
そしたらなんと……
今日もお休みで良いよ。
なんて一言が返ってきた。
言い方は悪いけど、正直意味不明だった。
「昨日も歩き回ったし疲れたろ? 今日はお休みで良いし、というかこっちでの生活に慣れるまでは仕事のこととか考えなくて良いぞ」
「そ、それはさすがに悪いというか。何もしてないっていうのも落ち着かないよ」
ずっと仕事漬けの日々を送ってきた弊害なのかな?
それとも単に、私が何かしていないと落ち着かない性格だからかも。
たぶんどっちも理由としては正しくて、とにかく何もせず休んでいるだけというのは性に合わない。
何より、昨日の領地案内でここで頑張ろうというやる気が補充されたんだ。
「出来たらお仕事を貰えないかな? 錬金術関係じゃなくても良いし」
「うーん、アメリアがそう言うんなら仕事を始めてもらおうかな」
「うん! お願いします」
「よしじゃあ、朝食後に倉庫へ案内するよ」
ということになって、朝食を食べ終わった私はトーマ君に連れられ地下へ。
屋敷の地下は倉庫になっていた。
冷たく暗い階段を、ランタンの明かりを頼りに下り、鍵のかかった鉄の扉を開ける。
「この倉庫には、外の街から仕入れた素材とか物資が保管してあるんだ」
「おお~ 結構広いし色々置いてあるんだね」
薬草、ハーブ、乾燥させた食材にその他もろもろ。
ポーション作りに必要な素材も豊富だ。
「どこで何が必要なのか、何が役に立つかもわからないし、とりあえず安く仕入れられた物を放り込んでるよ。俺は錬金術に詳しくないから直接聞こうと思ってたんだが、ここにある物で何が作れそうだ?」
「うーん、まだ全部見てないし。とりあえずぱっと見た感じ、治癒系のポーションとかなら作れそうだね」
「本当か!? 治癒ポーションが作れるならぜひお願いしたいよ! 前にも話したけど、この領地には医者がいないから病気になった時に大変でさ。ポーションがあると凄く助かる」
ものすごい食いつき。
よほど困っていたんだろうし、領民の命を大切にしているのが伝わって安心する。
「わかった。じゃあ治癒ポーションを作るね。この倉庫にある物は使い切らないほうがいいよね? どれくらい使って良いの?」
「そうだなー、じゃあ一先ず半分は残してくれ。あとは好きに使ってくれて構わない」
「半分だね。まずは部屋に運び出さないと」
薬草とかは軽いし大丈夫そうだけど、ポーション瓶の素材は結構重そうだな。
何回かに分けて頑張るか。
「運ぶのは俺も手伝うよ」
「え、いいの?」
「ああ、一人じゃ大変だろ? 俺も仕事があるし、それくらいしか手伝えないんだけど」
「十分だよ! ありがとう、トーマ君」
トーマ君にも手伝ってもらって、必要な素材を一階の一室へ運び出す。
薬草、ハーブ数種、水、それとポーション瓶の材料。
テーブルの上だけじゃ収まりきらなくて、床にも箱のまま置く。
「これで全部だな」
「うん。ありがとうトーマ君」
「どういたしまして。それじゃ後は任せるよ。昼頃に一回様子を見に来るから、無理せず頑張ってくれ」
「うん。トーマ君も」
彼は手を振り、部屋を後にする。
一人になった私は素材と向き合い、頬を手で叩き気合いを入れる。
「よし!」
久しぶりのお仕事だ。
期待してくれている分は応えなきゃ。
「治癒ポーション、治癒ポーションかぁ~」
素材は豊富だし、それなりの数は作れそう。
でも全部同じじゃないほうが良いよね?
効果とか分けて……
「とりあえず三種類かな」
作る物は大体イメージも固まった。
私は素材とは別に用意してもらった大きめの布用紙を手に取る。
ロール状になった用紙を広げて、茶色い面に白い線で円を描く。
その中に特別な言語や記号を織り交ぜて、治癒ポーション用の錬成陣を描いていく。
見た目だけなら、魔法使いが魔法を使った時に使う魔法陣と同じ。
実際、魔法陣と大きな差はない。
元々錬金術は、魔法から分かれた力の一つらしいから。
それでも用いる言語や記号は違うし、魔法使いだから錬成陣も使えるわけじゃない。
錬金術師になるための最低条件。
それは錬成陣を描き、発動させる資格があるかどうか。
資格さえあれば錬金術は使える。
ただし、素材への理解や錬成陣の構成を学び応用できる者とそうでない者とでは、錬成される物の質や量が全く異なる。
結局何が一番大事かというと――
「勉強と練習なんだよね」
とか呟いて、錬金術の勉強に明け暮れていた日々を思い出す。
日々のいろんなことを犠牲にして、錬金術師としての腕を磨き続けた。
宮廷で働いていた頃も勉強は続けていた。
仕事に追われ続けておろそかになり出して、何をしているんだと嘆いた時期もあったけど……
こうして役に立てるんだから、あの時間も無駄じゃなかった。
私は張り切って仕事に打ち込んだ。
それから数時間後――
お昼時になって、作業もひと段落する。
「ふぅ、とりあえずこれで終わりかな」
トントントン。
ドアをノックする音が響く。
「アメリア、入って良いか?」
「トーマ君? うん」
ガチャリと扉を開け、彼が部屋の中へ入ってくる。
「お疲れアメリア。途中かもしれないけど一旦休憩……え?」
「どうしたの?」
彼が酷く驚いた表情をしていた。
視線は私じゃなくて、テーブルの方へ向いている。
テーブルの上にあるのは……
「も、もうそんなに作ったのか?」
びっしりと隙間なく並び置かれたポーション瓶。
全部で五百四十本だった。