87.帰らないんだ
私たちは場所を応接室へと移した。殿下とレイナ姫が隣に座り、その対面にトーマ君と私が腰かける。
王族二人と領主様の席……私が同じように座っていて大丈夫なのかと不安になる。そこへイルちゃんが紅茶を持ってやってくる。
「どうぞ」
「ありがとう。あなたとも久しぶりね? イルミナちゃん」
「……なんか増えてるし」
「あら、相変わらずそっけないのね」
不機嫌そうな顔をしてそそくさとイルちゃんは応接室から出て行ってしまった。どうやらレイナ姫のことも苦手らしい。
なんというか、当り前だけど彼女は殿下とよく似ている。失礼な態度を見せても怒り一つ見せないところも含めて。
トーマ君や殿下たちとの関係性は、私が思っている以上に深くて広いのかもしれない。特にレイナ姫とは……どんな関係なのか気になった。
会いに来ていきなり抱き着くなんて、親しい中でも特に親密な間柄にすることだ。一国の王女様と辺境の領主様の関係では留まらないのではないか……。
勝手な妄想で頭がごちゃごちゃしてしまう。
「それで、俺に渡したい物が有ると言っていたが?」
「はい。こちらをお父様からお預かりしてまいりました」
「父上から?」
レイナ姫から手渡されたのは一通の手紙だった。受け取った殿下の表情は、少々飽きてているように見える。まだ中身は見ていないのに。
彼は小さくため息をこぼし、中身を会見してすぐに破り捨ててしまった。
「お、おい、破っていいのか?」
「くだらん話だ。俺には必要ない」
「なんだったんだ?」
「縁談ですわ」
殿下の代わりにレイナ姫が答えた。隣で殿下がムスッとした顔をして、余計なことを言うなと彼女に文句を口にする。
対してレイナ姫はニコヤかに、お兄様は答える気がないようすでしたので、と言う。
「まったく、こんなものを届けるためにわざわざ国境を越えてきたのか? お前は暇ではないはずだろう?」
「お兄様だって同じでしょう?」
「俺はいいのだ。兄上たちがいれば、俺がいなくても国は回る」
「もう、またそういう悲しいことを。私はお兄様方の中でも、エドお兄様が一番国王にふさわしいと思っているのですよ?」
それは彼が暮らしていた街、そこにいる人々が口をそろえて言ったセリフ。殿下が国王になるべきだと、彼女も思っている。
見た目の雰囲気からだけど、冗談や嘘を言っている感じはしなかった。偽りなき本心だとすれば、彼女も殿下のことを心から慕っているのだろう。
なら、悪い人ではない……のだと思う。
「お前の意見など知らんのだよ。それより用が済んだなら国へ戻れ」
「冷たいですね、照れなくてもいいのに」
「照れてないのだよ」
なんだか見ていて心が温まる光景だった。王族であっても兄妹というのは、こんな風に微笑ましいものなんだと実感する。
「ふふっ、それにしても、ここも随分と様変りしましたわね。街に入って驚いてしまいましたわ。以前は来たら一秒でも早く帰りたい気持ちにさせられていたのに。みちがえましたわ」
「そう思って貰えたならよかったよ」
「この地を変えたのは……お隣の錬金術師さんなのですね」
「ああ。彼女が来てから、ここは少しずつ住みやすくなっているよ」
みんなの視線が私に集まる。何度聞いても心地いいものだ。ちゃんと認められ、評価されるというのは。
「今回はエドワードにも協力してもらったんだ」
「聞きましたわ。領地の変わり様よりも驚かされましたから。どういう心境の変化があったのですか? お兄様」
「変化などない。ただの暇つぶしなのだよ」
「ふふっ、嘘がお下手ですね」
レイナ姫には殿下の心の内でどういう変化があったのか、それがわかるのだろうか。見透かしたような目でニコニコしながら殿下を見つめる。
照れたように目をそらす殿下は初めて見た。基本的に堂々としている殿下だけど、レイナ姫には弱いのかな?
かくいう私も、レイナ姫の存在を意識して、さっきから心が落ち着かない。
「くだらん。俺は部屋に戻るのだよ」
「え、帰るんじゃなかったのか?」
「気分が変わった。もうしばらくここに滞在するのだよ。今戻っても、父上から面倒な話が何通も届くだろうからな。そういうわけだ。玄関に置いてきた荷物を移動させる。ミゲルを手伝うのだよ」
「俺はお前の使用人じゃないぞ……まぁ客人だしな」
トーマ君が席を立つ。
「悪いなアメリア、少し席を外す」
「あ、うん。私はどうしてればいいかな?」
「そうだな……」
「でしたら私に、新しく変わったこの地を案内していただけませんか?」
と、レイナ姫から提案された。特にやることもなかった私は、それを受けることに。トーマ君は後から合流するそうだ。
それまで……二人きり。






