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85.思い通りにいかないものだ

 辺境の領地の冬は、どの季節よりも孤独を感じやすい。視界は吹雪でさえぎられ、窓の外を見たくても、降り積もった雪の白さがわかるだけ。

 外に出るなんて命知らずがすることだ。一緒に生活している家族の存在を強く感じる代わりに、外の世界とは隔絶される。

 一人暮らしをしている人にとって、ひと月あまりの隔離生活は精神的な苦痛を伴うだろう。一人が楽だという人でも、まったく誰とも会話しなければ寂しいものだ。

 そんな日々に終わりが訪れた。

 ボワッと猛々しく燃える炎が熱を放ち、深紅の鉱物にその熱を伝える。温まった鉱石は綺麗な赤色に輝き、宿した熱を大切に温め蓄える。

 近づけば額から流れ出る汗をぬぐい、今日も正常に機能しているかをチェックする。


「ふぅ、ここだけ常夏みたいだなぁ」


 それが私の日課になっていた。鋼で作られた煙突が目印の施設では、見上げるほど大きな獄煉石が設置されている。

 巨大獄煉石の下は燃料を燃やす場所になっていて、薪や炭を入れて炎をともせば、熱が獄煉石へと伝わる。

 一日に一度、獄煉石を一定の温度に達するまで温めればあとは放置でいい。獄煉石はその性質上、蓄えた熱をより高温に増幅させて保つことができる。少ない燃料で温かさを維持できる。

 その熱は領地の家々や商店街の広場、人通りが多い道にパイプがつなげられ、そのパイプを通り熱風として各地に伝わる仕組みになっている。

 燃料を燃やした時に発生した灰や煙は煙突から抜けて、熱だけが領地へと伝わるから人体への影響も考慮されている。

 この地の冬は、外もまともに出歩けないほど雪が降り積もっていた。未だに吹雪が吹き荒れている。天候を操れるわけじゃないから、吹雪は止められない。

 だけどもう、建物が埋もれるほどの積雪に悩まされることはない。街に伝わる熱気のおかげで、雪は積もる前に解けて水となる。

 部屋の中でさえ重装備をしていなければ凍えて死んでしまいそうな寒さも、小型のパイプから送られてくる温かい風のおかげで快適な生活ができるようになった。

 これも……。


「殿下が協力してくれたおかげです」


 私は斜め後ろに立っていた殿下にそう言った。すると殿下はすねたような笑顔で言う。


「ふんっ、俺はそこまで働いてはいないのだよ」

「そんなことないだろ? 素材の手配に人員の確保まで、主で動いてくれたのはお前じゃないか。俺は正直、ここまで協力してくれると思ってなかったよ」

「勝者からの要求には応えるものだろう?」

「その勝負だって、結局そっちがうやむやに負けを認めただけじゃないか」

「そうだったか? 昔のことは忘れたのだよ」

「昔っていうほど前じゃないけどな」


 トーマ君は呆れたように、少し嬉しそうに笑っていた。殿下は謙遜されているけど、実際彼の協力がなければここまでスムーズに解決することはできなかった。

 これまでも季節ごとの問題に取り組んできたけど、今回が一番早くて確実で、得られた効果も大きかったと思う。


「殿下が用意してくれた素材がなければ、この施設だって作れませんでした」

「考案したのはお前なのだよ」

「それはそうですけど、考えるだけで私一人じゃ掴めない夢を、殿下の協力が現実にしてくれたんです。外を見てください」


 施設にある窓からは街の様子が見て取れる。雪が降る中、大勢の人たちが仕事や買い物、子供は遊びを楽しんでいる。

 たぶん、よくある雪が降った日の街の光景なのだろう。


「みんな幸せそうです」

「冬に外に出られるなんて、ここで生まれ育った人間からすれば奇跡みたいなものだ。楽しくて仕方がないだろうな」

「ふっ、たかだが雪がなくなっただけだろう?」

「それがいいんです」


 今まで見えなかったものが視界に入る。近くにいたはずなのに声が届かなかった友人と、面と向かって話すことができる。

 誰もが当たり前にできるはずことが、この領地では困難だった。だからこそ、そんな当たり前をかみしめて、今を楽しめる。

 確かに、冬の寒さは変わらず厳しいものだ。熱気が街を包んでいるおかげで和らいではいるものの、吐く息はくっきりと白い。

 防寒具をしっかりと着込まないと、寒さで何もできなくなってしまう。決して過ごしやすい環境になったとは言えない。

 それでも、外から見れば普通になっただけでも、私たちにとっては大きな変化だった。


「この笑顔を守ったのは、殿下の協力のおかげなんです」

「そうだな。領主としては少々悔しい気持ちはある。けど、それ以上に感謝するばかりだ。俺の領地を守ってくれて、ありがとう」


 トーマ君は深々と頭を下げる。


「お前から礼を言われるなど、珍しいこともあるものだな」

「俺を何だと思ってるんだ。って、このやりとりも何度目だろうな」

「覚えていないのだよ。飽きるほど繰り返した会話だ。しかしまぁ、この光景は悪くないのだよ」


 殿下は街の様子を見てそうつぶやいた。悪くない、そう言ってくれたことが嬉しくて、私とトーマ君は顔を見合わせて微笑む。


「正直、簡単だと思っていたのだよ」

「なにがだ?」

「この地を正常に戻すことが、だ。過酷な環境も、人と物、金さえあれば整えられる。俺にはたやすいと思っていた。だが、俺が見ていたのは、外から見えるものだけだったようだ。肌で感じるこの厳しさは……確かに普通ではないのだよ。よくもこんな場所で何十年も生活しているものだ」


 それは私も同じように思う。私なんかはまだここにきて数か月しか経っていない。春、夏、秋……そして冬。ひと月感覚で巡る厳しい季節は、時間の感覚を狂わせる。

 体感的にはもう、一年くらいここで生活している気分だった。けれど実際はほんの数か月の出来事で、一年でみればまだ半分も過ぎていない。

 この季節の巡りが、あと二回も訪れる。瞬く間に変化する環境と戦いながら、この地の人々はこれまで生きてきた。

 そこにはきっと、揺るがない覚悟があったはずなんだ。この地で生まれ、共に生きると誓い、残った人たちは強い心を持っている。


「トーマ、アメリア。お前たちは、俺の協力のおかげだと言ったが、それは間違いなのだよ。俺がやったことなど、俺でなくてもできることにすぎん」

「アメリアはそうだな。彼女の錬金術がなければ、そもそもこの施設は成り立たない」


 巨大な獄煉石を見ながらトーマ君がそう言った。

 街に熱を伝える核。この施設の要は巨大な獄煉石だ。通常、天然物でこれだけの大きさの獄煉石は生まれない。

 できたとしても、何十年、何百年という長い年月をかけて徐々に大きくなっていく。それでも割れてしまったり、大自然の中で成長することは難しい。

 錬金術によって生み出されたからこそ、ここまでの大きさと整った形なのだと。自分を褒めるわけじゃないけど、私はちゃんと自分の役割を果たせたんだ。

 そこはとても誇らしい。


「アメリアだけではない。トーマ、お前も特別なのだよ」

「俺が? ただ領民に指示して回っていただけで、どっちかというとイルやシュンほど活躍できなかったと思うが」

「そういうことではないのだよ。お前はもともとこの地で生まれた人間ではない。外から来た……言わば無関係な他人だ」

「まぁ……そうだな。他人って表現されるのは、少し悲しいが」

「悪い意味で言っているわけではないのだよ。俺は言いたいのは、初めからいたわけではないのに、この地に溶け込み、領民に支持され、才ある者を従え、現状を変えようとしていることだ」


 殿下は真面目な表情でトーマ君を褒めている。当の本人はピンと来ていないようで、キョトンと首を傾げていた。

 私には殿下の言っていることがなんとなくわかる。私はトーマ君が一緒だったから感じなかったけど、初めてこの地に訪れた人ならきっと不安を感じるだろう。

 過酷すぎる環境に耐えられるだろうか。しかも彼は領主になった。よそ者がいきなり領主になることを快く思わない者はいるはずだ。

 この地を治めることは、どの領地を治めるよりも難しいと、素人ながらに思う。実際いろいろと大変だったはずだ。逃げ出したいと、やめたいと思っても不思議じゃない。

 だけど彼は逃げなかった。前領主の意志を継ぎ、領地のみんなが幸せに暮らせるように尽力した。

 領主なら当然のこと?

 そんなことないと私は思う。領主だって人間だから、疲れてしまうことだって当然ある。どれだけ強い心を持っていても、永遠に拳を握り続けることはできないように。

 張りつめた糸は、いつだって切れてしまいそうだ。そんなな中で彼は領主として、常に最善を尽くそうとしてきた。

 殿下は私よりも、この地で奮闘するトーマ君の姿を見ているのだろう。だから彼の言葉に、私は共感できた。


「この地を治めるには覚悟がいるのだよ。お前は気づいていないようだが、誰にでもできることではない」

「俺自身はすごくなんかないぞ? 周りのみんなが優秀なだけだ」

「それもお前の力なのだよ。人は人に引き寄せられ集まる者だ。この地に集まった者たち、彼らを引き寄せたのは、領主であるお前なのだよ。この俺も含めてな」

「エドワード?」

「……なんでもないのだよ。まったく思い通りにはいかないものだな。他人の手を借りなければいけない状況など、俺には屈辱でしかないのだよ」


 口ではそう言いながら、殿下はどこか満足気だった。少なくとも、退屈は感じていないみたいだ。

 我儘を言って、この地に来てもらったことには、ちゃんと意味があった。

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