83.寂しい時間の終わり
エルメトスさんの協力を得て、私たちは屋敷へと戻った。猛吹雪の中を再び歩くのは大変だったけど、得られる物は多かった。
身体の疲れを忘れるくらい、やらなきゃという気持ちも膨れ上がっている。つまり、やる気と体力は十分だった。
「……まったく、最後まで気に入らない男だったのだよ」
「お前なぁ……もう少し相手への敬意とかもてないのか?」
「示すべき相手にはそうする。が、こちらに対して敬意を払わない者にまでそうする理由はない。お前はどうか知らないが、俺はどうにもあの男が好かない」
殿下は今もまだちょっぴりイライラしている様子だった。思った以上にエルメトスさんとの相性が悪かったみたいだ。
トーマ君もやれやれと呆れながら言う。
「そうか。だったら次に会う機会があってもお前は留守番だな」
「それは認めない。俺も同行するのだよ」
「好かないじゃないのか?」
「好かないが興味はあるのだよ。あの男の正体と目的……それがわかれば俺の評価も変わるかもしれないぞ?」
「我儘だな……けど、俺も興味はあるよ」
私もある。エルメトスさんが何者なのか。どうしてこの土地に拘るのか。いずれわかる機会が来ることを楽しみに待つとしよう。
今はそれより先にすべきことがある。
「殿下」
「わかっているのだよ。早急に手配させる。お前こそ準備をしておくといい」
「はい!」
この二日後、殿下の使者が獄煉石を持って私たちの屋敷にやってきた。
◇◇◇
「注文の品なのだよ」
「ありがとうございます! これが……」
獄煉石。
見た目は丸い炭の塊みたいだった。だけど真っ黒というわけではなくて、亀裂が入った部分から赤い光が見える。
表面が黒いだけで、中は赤く光っているのだろうか?
空気に触れると黒色に変化するとか、そういう性質を持っているのかもしれない。そして獄煉石からは熱気が伝わってくる。
私は試しに触ろうとして……。
「熱っ!」
あまりの熱さに驚いて手を引っ込めた。
「ここに来る前に熱をため込ませている。随分と冷めたが今でも十分に熱いから注意するのだよ」
「そういうことは先に言え。大丈夫かアメリア?」
「うん。びっくりしただけだよ」
触れた指先がほんのり赤くなっている。熱かったけど火傷まではしていない。指先に伝わった熱は確かな実感を残す。
この石を錬金術で複製できれば、私が思い描く未来に大きく前進する。
「俺にできることは一先ず調達することだけなのだよ。ここからは――」
「はい。私の仕事です」
錬金術で獄煉石の構成要素を解明する。必要となる素材さえわかれば、私の力で数を増やすことも大きな獄煉石を作り出すこともできるんだ。
「今すぐに終わらせます。トーマ君、殿下も、少し待っていてください」
「ああ、頼むよアメリア」
「期待しているのだよ」
獄煉石を用意した錬成陣の上にのせる。イモータルフラワーを調べた時と同じように、一度分解して構成要素を抽出する。
調べるために獄煉石を消費する。あの時のように何度も試せるわけじゃない。殿下が用意してくれた獄煉石の欠片は三個だけだ。
挑戦できるのは三回まで。許された回数で、獄煉石の全てを暴き出す。
「始めます」
錬金術を発動させる。獄煉石は光に包まれ、あっという間に消滅してしまった。
「これは何をしているのだ?」
「解析だよ。錬金術の応用で、素材を分解するときにその成分がわかるんだ。前にアメリアが教えてくれた」
「ほう、錬金術にはそんな使い方があったのか。知らなかったのだよ」
「俺もだ。詳しく知らないけど、誰にでもできる技術じゃないんだろうな」
解析を続ける私の後ろで、トーマ君が殿下と話している。集中しているから返事はしないけど、二人の会話はしっかり聞こえていた。
この解析方法が特別かと問われたら、別にそういうわけでもない。錬金術師なら誰しも、同じ工程を踏んで物を作りだす。
ただその工程を、最初の分解で止めているだけだ。やろうと思えば、錬金術師なら誰でも同じことができる。
もしも差が生まれるとしたら、完全な解明にかかる回数だろう。
分解の工程は一瞬だ。一秒にも満たないわずかな時間で、分解時に消滅していく素材の成分を見つけ出す。
それはまるで、風に巻き上げられた砂を手で掴むように。解明したい素材の成分が複雑であるほど、巻き上がる砂の量は多く、一粒一粒がきめ細かい。
私も初めてこの解析方法に挑戦したときは、あまりに一瞬過ぎてほとんど掴めなかった。練習しているうちにコツがわかってくる。そして知識も蓄えられ、精度が上がる。
二つ目の獄煉石を消費した。
最後の一つ、三つ目の獄煉石を錬成陣の上に乗せて、深呼吸を一回してから術を発動させる。
三回目も同じように、獄煉石はあっという間に消滅してしまった。
私は目をつむったままじっとして感じる。消えていく獄煉石の砂粒をつかみ取って、どうやって生まれたのかを知っていく。
ゆっくりと目を開ける。最初に目が合ったのはトーマ君だった。
「わかったのか?」
「うん。バッチリ見えたよ。この石を作っている要素が」
「見ていて信じられないな。本当にわかったのか?」
「はい」
訝しむ殿下に私はハッキリと返事をした。すると殿下はニヤリと笑みを浮かべ、ならば教えてもらおうかと得意げに問いかける。
「元になっているのは全部で八種類です。火山から噴出された熔岩が固まってできた石、火山岩と深成岩のそれぞれ三種類ずつ。火山灰、そして……最後の一つはサラマンダーの排泄物です」
「サラマンダーだと?」
「はい。サラマンダーは体内で超高温の熱を生成して蓄えています。だから排泄物も特殊で、熱せられた鉱物のようなものを出すんです。この獄煉石にはその排泄物がわずかに入っています」
「すごいな。そんな細かいところまでわかるようになったのか? 水錬晶のときは、スライムが原料になっているって最初はわからなかっただろ?」
そう、最初はわからなかった。多くの素材、物質について勉強して、王都で働いていた時に様々なものに触れた。その経験と知識があったから、この解析方法が活用できる。
だけど、魔物の成分までは知らなかった。私にもまだまだ知らないことがたくさんある。それを自覚してから、さらに勉強を重ねた。
いかに未知の物質でも、知識さえあれば予想を立てることはできる。知識がより深く、広くあるほど予想の正確性も増す。
私は今まで触れてこなかった分野の知識も取り入れようと、ここ最近は様々な書籍に目を通している。おかげで魔物についても詳しくなった。
「次に同じようなことがあっても悩まないように、ちゃんと勉強してるんだ。それに、今回は生きた魔物をそのまま材料にしているわけじゃないからね。サラマンダーのフンは、王都で働いていた時に一度だけ見たんだ」
「一度見ただけで……前から思ってたけど、アメリアの記憶力ってどうなってるんだ?」
「どうって、普通だけど?」
「普通……か。そうだな。まぁそれでいいか」
トーマ君はなんだか呆れている。私、何かおかしなことを言ったかな?
「とにかく成分がわかったなら、あとは素材を集めるだけだな」
「うん。けど、どれもこの領地じゃ手に入らないし、火山の鉱物を扱っているお店もわからないから、簡単には集められないよ」
「何を言っているのだよ。この俺にかかれば、その程度のことは造作もないのだよ」
「じゃあ、任せていいか?」
「無論なのだよ。早急に手配しよう。人員と、その他の資材も含めてな」
「助かるよ。これでようやく……」
私たちは窓の外を見つめる。すでに降り始めてから数日が立ち、建物の一階部分の半分は積もった雪で埋もれている。
定期的に雪を除去していないと、玄関の扉を開けることすらできない。
皆、同じ領地にいながら顔を合わせることができない。冬の寒さと精神的な孤独感に、次の季節まで耐えなければならない。
そんな日々がやっと、終わる兆しが見えていた。






