82.踏み出す機会
「え、本当ですか? 師匠」
「ああ。ただ、協力と言っても小さなものだ。僕にできることは、君たちにわずかな機会を作ってあげることと、足りない知恵を貸すことだけだ。直接手を出すわけじゃないよ」
「それでも十分です。ぜひお願いします!」
「ふっ、協力する気があるなら最初からそう言えばいいものを」
殿下がボソッと文句を口にしたように聞こえる。トーマ君には聞こえていない。エルメトスさんが協力してくれると聞いて、とても嬉しそうな顔をしている。
トーマ君が喜んでいる姿が、私には嬉しかった。
「では早速だけど、知識のほうから提供しよう。今君たちが、いやアメリアさんが思い描いているプランにはいくつか不足しているものがある。特に燃料の消費は現実性がない。通常の方法で実現しようとすれば、確実に燃料が枯渇する。そうだね?」
「は、はい」
まだ一度も、私は自分の考えた計画を話していない。
他のみんなに話したのもついさっきだ。私たちの頭の中にしかない計画を、エルメトスさんは知っている。
この領地で起こることは大抵知っているとトーマ君が言っていたけど、やっぱりこの人は得体が知れないな。
「燃料を消費しない方法は難しい。だけど、その消費を著しく抑えるのにうってつけの鉱物があるよ。『獄煉石』って聞いたことないかな?」
「――獄煉石だと?」
先に反応したのは私ではなく殿下だった。私には聞き覚えのない鉱物の名だ。どうやら殿下には心当たりがあるようで。
「なぜお前がそれを知っているのだよ」
「それも秘密だよ」
「……食えない男だ」
「エドワードは知ってるのか? 俺は聞いたこともないんだが」
トーマ君も知らなかったらしい。殿下は知っているらしくて、私とトーマ君の視線は彼に集中する。殿下は小さくため息をこぼし、口を開く。
「獄煉石というのは、俺の国で採取できる火山鉱石のことなのだよ。周囲の熱を吸収、増幅させ蓄える習性がある」
「そんな鉱石があるのか」
「私も知らなかった」
「当然なのだよ。最近発見されたばかりの物で、国外には伝わっていない……はずだった。が、どうやら知る者がいたようだ」
視線がエルメトスさんに戻る。睨むような殿下の視線をニコッと、平然とした顔で受け止めている。彼は領地の外のことまで把握している。
どうやって、と聞いてもきっと答えてはくれない。殿下もわかっているからなのか、あえて聞きはしなかった。
「殿下! その獄煉石を私たちに分けてもらうことはできませんか? 欠片だけでもいいんです。どういう物かわかれば、私の力で複製できます」
「……そうだな。知られているなら構わない。こちらも、どこでどう使うべきか考えているところだ。お前の使い方を参考にさせてもらうのだよ」
「ありがとうございます!」
「礼には及ばないのだよ。協力することを約束したのは俺だ」
殿下が獄煉石を用意してくれる。熱をため込むことができる石なら、改良して燃料不足を補えるはずだ。
私の計画が少しずつ現実味を帯びてくる。
「これで燃料の問題はどうにかなりそうだね。残る資材や人員も、彼に協力してもらうのが一番だと僕は思う」
視線を向けたのはもちろん殿下だ。殿下もわかっていたのか、小さく頷いて言う。
「無論そのつもりなのだよ。必要になる資材や人手は俺が手配しよう」
「助かるよ。俺たちだけがどう頑張っても限界があるからな。領民にも手伝ってもらおう」
「お前が素直に礼を言うなんて珍しいな。気持ち悪いのだよ」
「……俺だって感謝はちゃんとするさ」
一言多い殿下に、トーマ君はムスッとする。だけど殿下の協力はかなり大きい。
今回のプランは今まで以上に大規模だ。人手も物資も、現状では不足している。殿下の助力が得られるからこそ、実現可能なプランへと変わる。
これならできる、と思いたいところだけど……ここは普通の領地じゃない。外は雪山を超える極寒、未だ止むことのない猛吹雪が続いている。
「俺にできる協力は惜しまない。だが物資や人がそろっても、この吹雪では実行に移せないのだよ」
「そうだな。さすがに俺も、この吹雪の中で領民たちに手伝わせたくはない。下手をすれば死人が出る」
「そのための機会は僕が用意しよう」
ゆっくりとエルメトスさんは椅子から立ち上がり、壁側にある棚から丸い穴がいくつも開いた手の平サイズの球体を取り出す。
彼はトーマ君にそれを渡す。
「師匠、これは?」
「ここに展開している結界の同質のものを作りだす魔導具だよ。範囲を無理やり拡大している分、必要になる魔力量が多い。君とシュンの魔力を全て注げばギリギリ足りるだろう」
「結界の魔導具だと? さっき俺が尋ねた時は否定しなかったか?」
「これはあくまで一時的なものだよ。効果を底上げしたから、長く持続できない。一定時間で効果は消え、壊れてしまうんだ」
エルメトスさん曰く、この魔導具を展開すれば領民が暮らす範囲を一時的に吹雪から守ることができるという。
結界は本来、範囲を広げるほど効果が落ちてしまう。効果をそのままに範囲を拡大する場合、相応の魔力を消費する。魔導具の場合は、それに見合った器がいる。
トーマ君が手に持つ球体は、素材としての強度は低い。だから長い時間効果を持続できない。
「どれだけ持つのだよ」
「そうだね。二日と半日くらいかな?」
「……なるほどな。そのわずかな期間でやるべきことを済ませなければならないというわけか」
「そういうことになる。ボクの見立てだとギリギリ……間に合わないかな」
大規模な作業が必要になる今回の計画。私の予想でも、実行には数日から一週間は最低でもかかると思っていた。それを二日半で終わらせるなんて、とてもじゃないけど不可能だ。
「ふっ、なめるなよ。俺なら間に合わせてみせる」
「君ならそう言うと思ったよ。だから僕も期待して待っているよ。この地が再び、輝かしき日々を取り戻せることを」






