8.優しい人、優しい街
本日も張り切って更新します!
テーブルの上に並んだ料理の数々。
全員で手を合わせて頂きますの声が揃う。
手近にあるお皿から手を出し、ぱくりと一口食べれば美味しさが広がって。
久々に落ち着いて食べられる夕食に感動しながら時間を過ごす。
「トーマ君、屋敷で働いてる人って他にはいないの?」
「ああ。今ここにいる面子だけだよ」
「そうなんだ」
挨拶をしてくれた三人親子と護衛騎士さん一人。
他に使用人はおらず、彼らだけで屋敷の管理をしているそうだ。
かなり大変だろう。
屋敷の規模も、王都の貴族に比べれば小さいけど、数人で暮らすには広すぎるくらいだ。
辺境の領主とは言え、仕える従者の少なさを感じる。
聞いて良いものか迷っていると、トーマ君はそれを察してくれた。
「少ないと思うか?」
「え、うん……」
「実際少ないよ。でも十分なんだ。うちみたいな小さな貴族で、辺境の土地でも仕えてくれる人がいる。それだけで有難いことだからな。それに悪いことばかりじゃないんだぞ? 人数が少ないから、一人一人と接する機会も多くて、互いに距離が近いから相談とかもしやすいしね」
「そっか、そうなんだ」
だから五人とも仲良しなんだね。
主人と従者の関係は、どう繕っても上下が生まれる。
当たり前のことだし、そこをおかしいと思う人はいないだろう。
それでも隔たりを、心の壁が生まれてしまうもどかしさを感じる人はいるんじゃないかな?
みんなの間にはそれがないように思える。
その理由の一つが、今彼が言ってくれたことなんだ。
「私も早く仲良くなりたいなぁ」
「アメリアもすぐ仲良くなれるよ」
「ありがとう」
そうなればきっと、毎日が凄く楽しいんだろうなー。
と思っていると、シュンさんが言う。
「二人とも。しゃべってるとなくなるぞ?」
「お、そうだな。なくなる前に食べないとだな」
「うん!」
今だってすごく楽しい。
いつぶりだろう?
こんな風に誰かと語りながら食卓を囲むのは。
◇◇◇
翌日。
見上げると、雲一つない青空が広がる。
気温も良好、風も緩やかで心地良い。
私はトーマ君に連れられ、領地を案内してもらうことに。
二人で屋敷を出発して、彼が歩きながら空を見上げる。
「今日は珍しいくらい快調な日だな~」
「本当に良い天気だね」
「ああ。空もアメリアに気を利かせたのかもな」
「なにそれ。大袈裟だよ」
なんて他愛もない話をしながら歩き、私たちは屋敷から少し離れた街中へと入る。
昨日は馬車の中からちょこっとだけ、街の様子は観察できた。
改めて思うけど、王都やその近辺にある街とはだいぶ違う。
規模は当然として、感じる雰囲気が別物だ。
賑やかかどうか問われれば、普通と答えるだろう。
どちらかと言えば落ち着いている雰囲気で、静かで穏やかな街だ。
それに……
「おはようございます領主様!」
「おはよう。お仕事ですか?」
「はい。今日は見ての通り天気も良いですからね。こういう日は特に頑張らないと」
「そうですね。またいつ天候が崩れるかわかりませんし。でも無理しちゃ駄目ですよ? お子さん、生まれてまだ間もないでしょ?」
「ふふっ、そうなんですよ~ 子育ては何度経験しても大変です」
世間話をする領主と領民。
普通はあり得ない光景。
屋敷の中だけじゃなくて、領民との距離も近い。
辺境だから?
ううん、たぶんここだけだ。
この領地が、トーマ君が、彼らが特別なんだと思う。
「そういえばお隣の方はどなたですか? お見かけするのは初めてだと思うのですが」
「ああ、彼女は昨日来たばかりなんですよ。アメリア、うちで働くことになった錬金術師です」
「初めまして、アメリアです」
「あらまぁ! 錬金術師様なんですね! まだお若いのに凄いわぁ~ この街にも錬金術師様が来てくださるなんて有難いことだわ」
この街にはお医者さんがいない。
病気になったら馬車を走らせ、隣の一回り大きな街へ行く必要があったという。
移動にはかなりの時間を要する。
重い急病にかかった時は大変だ。
それも領民の不安の一つ。
「みんなも喜ぶわきっと。ありがとうございます錬金術師様」
「いえそんな。ご期待に添えるように頑張ります」
まだ何もしていないのに感謝されるなんて、不思議な気分だ。
それから少しだけ世間話をして、トーマ君が領地の案内を再開する。
街をぐるっと一周して、今度は街の外へ。
ほとんどが大自然、木々や川、草原チックな小高い丘。
透き通った空気の美味しさを感じられる場所だ。
「今日は穏やかだけど、ここは王都と違って四季の変化が激しいんだ。そのせいで作物も育ちにくいし、自然災害にも注意がいる。アメリアにやってほしいことはたくさんある」
「任せて! 私に出来ることならなんでもするよ」
たった一日、彼に案内してもらっただけ。
街の人との会話もほんの数分でしかなかった。
それだけでも伝わる温かさ、居心地の良さがある。
案内を終えて屋敷に戻ることになった時、トーマ君が私に尋ねる。
「どうだった? 俺の領地、というか街は」
「優しい。とっても優しかった。人も、街も……」
「そっか。気に入ってくれたか?」
「うん! すごく!」
だからこそ、私に出来ることならしたいんだ。
何せ確信がある。
この領地で過ごす日々は楽しく、今よりもっと好きになると。
好きな場所を守りたい。
そのためなら、私はどんなお仕事も苦にはならないと思う。