75.私たちの願い
制限時間いっぱい。
いいや、もうとっくに過ぎている。
最初に設けた時間をオーバーしても、私たちは街の人の悩みを聞いていた。
お互いに気づかなかったわけじゃない。
気づいていたけど、助けを求める声が目の前にあって無視できなかっただけだ。
結局夜遅くまで続いて……。
「今ので最後なのだよ」
「みたいですね」
「結構かかったな。いやむしろ早いほうか? 街中の悩みを一つ一つ解決していったんだし」
「皆様お疲れさまでした。夕食のご用意をさせていただきましたので、どうぞこちらへ」
ミゲルさんの案内で、私たちは一緒に別荘へと戻る。
帰り道、街の人たちからたくさんの感謝の言葉をもらって。
こうして喜んでもらえて嬉しかった。
ただ……。
「で、結局勝負ってどっちの勝ちなんだ?」
トーマ君が尋ねた。
私と殿下はピクッと反応する。
「私……途中から何人目とか数えてない」
「奇遇だな。俺も数えていないのだよ」
お互いに勝負をしている自覚が途中から薄れていったのだろう。
別荘に到着する。
いつの間に用意したのか。
テーブルには豪華な夕食が準備されていた。
私たちは席につき、食事を共にする。
「トーマ。お前は数えていないのか?」
「悪いな。俺も覚えてない」
「そうか。そろいもそろって大馬鹿なのだよ。勝負をしながら、勝敗を決定する重要事項を忘れているなど」
「三人とも、な」
そう言ってトーマ君が笑う。
つられて私も、殿下も笑顔を見せる。
その様子を見て微笑ましそうにするミゲルさん。
夕食の場は自然な笑顔で包まれた。
「だが勝負は勝負だ。決着はつけなければならないのだよ」
「そうだけど、肝心の優劣がつけられないだろ?」
「どうするおつもりですか?」
「簡単なのだよ。勝負というのは、勝者か敗者のどちらかが生まれれば自動的に終結する。つまり、片方が負けを認めれば勝敗は決する」
殿下は悠々と語る。
それはその通りだけど、勝敗がつかないから別のルールで戦う。
お互いに負けたくないという気持ちがあるから勝負は成立する。
負けを認められるなら最初から。
「俺の負けだ」
「え……?」
「エドワード?」
「ふっ、なんだその間抜けな顔は……滑稽なのだよ」
私とトーマ君は互いに顔を見合い、驚きを共有する。
そういう顔にもなるよ。
いきなり負けを認められたら……ね。
トーマ君が呆れながら尋ねる。
「どういうつもりだ?」
「なに、もともと俺はこの勝負に本気ではなかったのだよ。いや、それは語弊があるな。勝ち負けなどどうでもよかった」
「だったらなんで勝負を受けたんだ?」
「興味があったからなのだよ。俺に勝負で勝ったとき、お前が俺に何を要求するのか」
殿下は私に視線を向ける。
彼の興味は勝敗ではなく、私が願うことにあった。
それはつまり……。
「最初から負けるつもりだったんですか?」
「まさか。俺は手を抜いていないのだよ。本気ですべて動員し、挑んだ。その結果、お前たちは俺に食い下がった。ここは俺の庭だ。地の利は俺にある。にも関わらず、俺と変わらぬ功績をあげている。負けを認める理由としては十分なのだよ」
「なんだ? 数は覚えてないんじゃなかったのか?」
「数ではない。街を見ればわかる。誰も彼も、満足そうにしていたからな」
彼は慈愛の表情で窓の外を見つめる。
その表情一つだけで、彼の温かな優しさが感じ取れる。
やっぱり、この人は優しいんだ。
「錬金術師よ。お前は俺に何を望む? 何をさせたい」
殿下は私に問いかける。
街の人たちの声を聴いて、殿下の人となりを知った。
だからこそ私が願うのは――
「殿下にも、私たちを手伝ってほしいんです」
「……なに?」
「俺たちの領地の問題を一緒に解決しよう」
「……」
殿下は黙ってしまった。
怒っているのだろうか?
そういう雰囲気ではなさそうだ。
どちらかといえば、呆れているように見える。
「ふ、ははははっ! その予想はしていなかったのだよ。まさか、俺を使うために勝負をしかけてきたとはな」
「そういうつもりじゃないよ」
「無理して手伝ってほしいとは思っていませんから」
「……どういう意味だ? そういう願いではないのか」
殿下はたぶん、私たちが殿下を利用するために勝負をしたと思っている。
だけどそうじゃない。
手伝ってほしいのは、力を借りたいからじゃない。
ただ……。
「きっといい退屈しのぎになると思います」
「……そのために勝負をしかけたのか?」
「はい。殿下が退屈なのは、やることがないからというわけじゃなくて、なんでも出来てしまうからです。だから、殿下でもできないことをやれば、必ず退屈は紛れます」
「うちの領地がかかえる問題は山ほどある。どれも一筋縄じゃいかないものがな。お前もよく知ってるだろ?」
殿下にはカリスマ性がある。
だから多くの人たちが、殿下が王にふさわしいと思っている。
第三王子という微妙な立場がなければ、今頃きっと毎日が大忙しだったはずだ。
私はそれがもったいないと思った。
やれるだけの力があるのに、それを持て余し、諦めてしまうのは。
結局、私が伝えたかったことは――
「できないことに挑戦するのは楽しいですよ!」
私がそうであるように。
殿下のやる気を引き出せたら……。
自分が本当にやりたいと思ったことを見つける手助けになればいい。
それだけだった。
私と、トーマ君の願いは。
「……ふっ、お前たちは一つ、大きな勘違いをしているのだよ」
「え?」
「俺にできないことはない。それを証明してやろうではないか! お前たちの領地で」
それが殿下なりの答えだった。
私たちは微笑む。
「はい!」
「期待してるよ」
こうして秋は過ぎていく。
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