72.いざ尋常に
第一巻7/25発売予定!
一日目の夜がやってくる。
私とトーマ君は一室ずつ宿泊用の部屋を用意してもらった。
部屋は隣りあわせで、中はトーマ君の屋敷の一室よりも広々としている。
同じく辺境の地でも、王族が所有する建物との差を感じた。
「広すぎて逆に落ち着かない……研究室のほうが落ち着く」
「あそこもちゃんと整頓すれば十分に広いんだぞ?」
「そ、掃除はしてるよ? 時々だけど」
「定期的にやらないと駄目だ。埃っぽくなれば病気にかかるリスクも増えるんだ。せめて足の踏み場くらいは確保してくれ」
「そ、そこまでは散らかってないよ!」
……たぶん?
そういえば出発前に整頓してきたっけ?
確かした……いやしてないかも。
戻ったらトーマ君に見られる前に急いで掃除しないと。
私と話しながらトーマ君は素材が乱雑に詰め込まれた箱を担ぎ、私の足元へとゆっくり置く。
「よいしょっと。素材はこれで全部だ」
「ありがとう。ごめんね? つき合わせちゃって」
「別に構わないさ。アメリアには何か考えがあるんだろ?」
「考え……かな? 別にそういうのはないんだけどね」
あははは、と乾いた笑みを見せた私に、トーマ君は目をパチッと見開いて驚いていた。
「そうなのか? てっきり何かあるもんだとばかり……じゃあどうして勝負なんて挑んだんだ?」
「うーん……なんでだろう」
「なんでだろうって、そこもわからないのか?」
「うん。わからないっていうのかな? えっと、うーん……表現が難しい」
私は胸の前で腕組をしながら首を傾げる。
勝負を挑む理由、考え。
残念ながら深い考えや意図があったわけじゃないんだ。
ただ……。
「あの人が、退屈そうにしていたのが気になった……んだと思う」
「退屈そうには、してるな。あいつは大抵そうだぞ。突拍子もないこと始めてすぐに飽きて、これまで何度付き合わされたことか」
やれやれと首を振るトーマ君の表情からは苦労が感じ取れる。
何かを始めてもすぐ飽きてしまう。
それはきっと、簡単に達成できてしまうからだと思った。
ミゲルさんの話を聞いた後だからそう思える。
畢竟、退屈な理由は殿下がもっている才能にあるのだと。
「その退屈を紛らわせるために勝負を挑んだ。そういうことか」
「うん。たぶん、そうだと思う」
「歯切れが悪いな。まだ他にも理由がありそうか」
「あるようなぁー、ないような? 曖昧でごめんね?」
トーマ君は、別に構わないと最初に言ったセリフを繰り返した。
頭で考えてもしっくりこない。
自分でもわからない自分の意図は、実際に勝負が始まったらわかるかもしれない。
だから今は、精一杯やれることをやろうと思った。
そして、時間はあっという間に流れ――
◇◇◇
翌日の正午。
街の広間には再び大勢の人々が集まっていた。
ただし今回は声をかけたわけじゃない。
彼らが自主的に集まってくれている。
街の人たちに見守られながら、殿下が回収箱の前に立つ。
「時間だ」
一言呟き、箱を持ち上げる。
ずっしりと重みを感じたのが、彼の腕の筋肉のふくらみでわかった。
中に入っているのは薄い紙ばかりのはずだ。
それが重さを感じるほど、箱の中には詰まっている。
殿下は一瞬だけ複雑な表情を浮かべると、小さくため息をこぼす。
「予想より集まったか。まぁいいのだよ、錬金術師」
「はい」
「準備はできているな?」
「はい。昨日のうちに、トーマ君にも手伝ってもらいました」
トーマ君は私の隣に立つ。
一緒にこの勝負を受けると、殿下に宣言するように。
すると殿下は笑う。
「ふっ、そうでなくては困るのだよ」
殿下の斜め後ろにはミゲルさんが控えている。
当たり前のことだけど、ミゲルさんは殿下の味方をするみたいだ。
これで人数的に二対二。
「ふぅ……」
「緊張してるのか? アメリア」
「うん、ちょっとね。でも大丈夫」
「ならいい」
トーマ君も手伝ってくれる。
準備もしっかりした。
緊張はあっても不安はない。
開始の合図を待つ私たちに殿下は思い出したように言う。
「そうだ。始める前に勝負の報酬を決めておこう」
「報酬、ですか」
「勝負なのだ。勝者には褒美があるべきだ。そうでなくては張り合いがないのだよ。そうだな……よし、勝った者が負けた者に一つだけ命令できることにしよう。俺が勝ったら、お前を貰うのだよ」
「なっ……」
殿下は私に向けて指をさす。
トーマ君は焦りを見せる。
「おい勝手に――」
「わかりました。それで大丈夫です」
「アメリア?」
「大丈夫だよ、トーマ君。勝てばいいんだから」
不安げな顔をするトーマ君に、私は意識的に明るい笑顔を作ってそう言った。
彼は面食らったような顔になる。
それから呆れに変わり、すっと目を閉じる。
「仕方ないな。付き合ってやろう」
「うん!」
トーマ君ならそう言ってくれると思った。
彼も一緒だから勇気が湧く。
あの領地での経験が、私に自信を持たせてくれた。
私たちは見つめ合い頷く。
その光景を見つめていた殿下が小さく笑う。
「ふっ、では始めようか」
最初の一枚を引く。
順番に一枚ずつ箱から引いて、一斉に開く。
開いた瞬間から勝負は開始された。
「――この中にガランドさんという方はいらっしゃいますか!」
私は大声で呼びかける。
すると人混みから手が挙がる。
「ワシじゃよ」
その右手はパンパンに張れていて、左手の倍は太さがある。
私とトーマ君はすぐに駆け寄った。
「この腕ですね」
「そうなんじゃよ。畑仕事をしておったらなんかよーわからん虫にでも刺されたのかのう。ずっとこの調子で」
紙に書かれていた悩みは、右腕の腫れが引かないというものだった。
パッと見ただけでわかる。
浮腫みに発赤、おそらく熱もある。
アレルギー反応に近い。
こういう症状には総じて――
「これを飲んでください。すぐによくなります」
治癒系のポーションが役にたつ。
彼には一口ポーションを飲むと、効果は即時性。
あっという間に右腕の腫れは引く。
「おおすごい! もう治ってしまったぞ。ありがとうな、嬢ちゃん」
「いえ、どういたしまして」
お礼の言葉に返した私は、殿下のほうを振り向く。
勝負開始からわずか一分。
「一つ目です」
「――面白いな」
殿下は楽しそうな笑みを浮かべる。
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