70.退屈だ
本作の書籍化・コミカライズが進行中です!
詳細は追って公開していきます。
※書籍化にあたりタイトルを変更しました。
アルザード王国滞在一日目。
私とトーマ君は殿下の別荘でご厄介にやることになった。
そして現在……。
「錬金術師」
「はい」
「何かやってみせろ」
「……え?」
いきなり窮地に立たされていた?
「な、何かというのは?」
「なんでもいいのだよ。面白いことをしてみせよ」
「お、面白いことですか?」
「そうだ。俺は退屈しているのだよ」
そんなこと言われても……。
と口では言えなかった。
相手は隣国の王子様だ。
最悪の場合、私の一挙手一投足で国同士の争いに発展する可能性だってある。
特に慎重に、なるべく要望には応えて……。
いやいや待って!
何かってなに?
アバウトすぎるよそんなの!
「どうした? なにか見せてくれ」
心の中で悲鳴を上げていると、隣から救いの手ならぬ声が聞こえる。
「おい。さすがに無茶ぶりが過ぎるんじゃないか?」
「ん? なんだトーマ。俺に指図するつもりか?」
「当たり前だろ。お前の我儘に付き合ってここまで来たんだぞ? 意見するに決まってるじゃないか」
「ふっ、お前でなければこの場で首をはねていただろうな」
「その時は俺も剣を抜くだけだよ」
隣国の王子と辺境の領主の会話には聞こえない。
殺伐としているようでわかり合っていて、腐れ縁の友人同士の会話を聞いているよう。
トーマ君がいてくれて本当によかった。
私一人できていたら、きっとアタフタしっぱなしだったから。
「大体、彼女を呼んだのはお前だろ? 錬金術を見たいなら、何かお題の一つでも出せばいいじゃないか」
「それが思いつかないからなんでもいいと言ったのだよ。わからないのか?」
「なんでそんなに偉そうなんだ……」
「偉そうではない。偉いのだ」
トーマ君は呆れている。
実際その通りだから言い返せないみたいだ。
殿下はため息をこぼす。
「退屈だ。せっかく呼んだというのに何も見れんとは」
「す、すみません……」
「アメリアが謝ることじゃないだろ。こいつの無計画が悪いんだ。退屈だっていうんなら適当に身体でも動かしておけばいいんだよ」
「ふんっ、そうか。ならばちょうどいい」
パチンと殿下は指をならす。
すると部屋の中にミゲルさん以外の使用人が入ってくる。
「お前たち、庭に木剣を用意しておけ。三本でよい」
「かしこまりました」
「おい。まさか……」
「お前がいいだしたのだ。久しぶりに相手をしてもらうぞ」
殿下はニヤリと笑う。
◇◇◇
私たちは屋敷の庭に移動させられた。
殿下とトーマ君は木剣を手に向かい合っている。
私はミゲルさんと一緒に少し離れたところで見ていた。
「はぁ……どうしてこうなったんだ」
離れていても聞こえるくらい特大のため息をこぼすトーマ君。
私にも殿下の思惑はよくわからない。
ただ一つ確かなのは、私の代わりにトーマ君が殿下の相手をさせられているということだった。
トーマ君……私のせいでごめんなさい。
これが終わるまでの間に、私もなにかできないか考えておこう。
「先に一振りでも当てたほうが勝ちだ」
「魔法はなしでいいよな?」
「使っても構わんぞ? 俺は使うつもりはないがな」
「だったら俺も使わないよ。これで十分だ」
トーマ君が剣を構える。
対する殿下は左右に一本ずつ剣を握り、素人目にも隙だらけに見えるような構えをとる。
だらんと力を抜き、切っ先を地面に向けていた。
ちょっと心配だ。
トーマ君がじゃなくて、殿下のほうが。
「あ、あのミゲルさん。大丈夫なんですか? トーマ君、すごく強いですよ」
「御心配には及びません。これも珍しい光景ではありませんから」
「そうなんですか?」
「はい。見ていればわかります。坊ちゃまの凄さが」
その言葉を聞いた直後、木剣同士がぶつかる音が響いた。
二人はすでに剣を交えていた。
鍔迫り合いから一旦離れ、攻防を入れ替えながら剣戟を交わす。
「へぇ、前より強くなったんじゃないか?」
「ぬかせ。俺は元々強いのだよ」
二人の戦いは拮抗していた。
トーマ君の剣技に負けないくらい殿下も鋭い攻撃をする。
手を抜いている感じもしない。
本気で戦って、トーマ君と互角だ。
「言った通りでしょう?」
「は、はい」
「剣技だけではありません。坊ちゃまはあらゆる面で秀でた才能をお持ちです。何をするにも完璧以上にこなしてみせます。だからこそ、退屈なのですよ」
「だから、こそ……」
ミゲルさんは続けて語る。
「殿下は素晴らしいお方です。お兄様方も素晴らしい方であることは確かですが、私は殿下のほうが優れていると思っております。ただ……第三王子という立場が殿下を縛っているです」
殿下も王位継承権はもっている。
しかし第三王子である彼は、もっとも王位から遠い存在でもあった。
そのせいで周囲からの期待は薄い。
期待のほとんどは、第一王子と第二王子に向けられる。
「殿下には目的がありません。それを退屈に感じてしまうのです」
「そうだったんですね」
やることがない。
目的がない。
優れた才能はあっても、活かせる機会が得られない。
そうして殿下は退屈に苛まれ、怠惰に過ごすようになったという。
やることがない……か。
「何を話しているのだ?」
「え、殿下?」
考え込んでいると、目の前に殿下が戻ってきた。
まさかもう終わって、しかもトーマ君が負けたのかと思ったら。
「おい急に飽きるなよ!」
「ふんっ、あのまま続けても決着はつかん。疲れるだけだ」
「お前なぁ……」
という感じらしい。
負けたわけじゃないと知ってホッとする自分がいる。
「それで何を話していた?」
「坊ちゃまの素晴らしさを伝えしていたのです」
「……くだらんな。そんなもの語ったところで無意味だ」
彼は悲しそうに剣を捨てる。
「退屈だ」
その一言が、私には悲しかった。
どうしてかはわからない。
だけど無性に悲しくて、どうにかしなきゃと思った。
「殿下!」
そんな私の口から出たのは――
「今度は私と勝負しませんか?」
自分でも意外な一言だった。






