7.期待の新天地
ひとしきり怒られたイルちゃんはしょぼくれる。
話がひと段落して、ようやく紹介に戻る。
「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。私はイルミナの母でこの屋敷のメイド長をしております。クラベルと申します。この度は娘がご迷惑をおかけしてしまい申し訳ありませんでした」
「い、いえ、迷惑だなんて思っていませんから。呼び方もご自由になさってください」
「……ほら」
小声でぼそりと呟くイルちゃん。
私に聞こえたのだから当然、隣のクラベルさんにも聞こえていて。
クラベルさんがイルちゃんを見る。
睨んではいない。
ただ真っすぐ目を合わせているだけなのに、なぜかとても怖い。
「ひっ、な、なんでもない……」
「ふぅ……娘共々、今後よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしくお願いします」
クラベルさんが深々と頭を下げたので、それに合わせて私もお辞儀をする。
単に怖い人ってわけじゃなさそう。
身内には厳しい?
でも粗相とかしたら普通に怒られそうだし、私も気を付けよう。
とか思っていたら、イルちゃんと視線が合う。
彼女は私の内心を読み取るように、うんうんと頷いた。
なんだか彼女とは仲良くなれそうな予感だ。
そして最後の一人。
「次は私ですね。私は見ての通りこの屋敷で働く使用人でございます。名はロレン、ここにいるクラベルの義父でございます。アメリア様、以後お見知りおきを」
「はい。よろしくお願いします」
とても丁寧でわかりやすい挨拶だった。
見た目は白髪の生えた優しそうなお爺さん。
いいやお爺さんと呼ぶにはまだ若いかな?
背中も曲がっていないし、大人な男性って感じがする。
見るからに温厚そうで、なんだろう?
何でも知ってそうな雰囲気がある。
「一通り紹介は終わったな。かなり脱線したけど雰囲気もつかめただろうし良しとしよう。それじゃアメリアの話だけど」
トーマ君と目が合う。
「どうする? 俺から話そうか?」
「ううん、自分のことだもん。自分の口から話すよ」
「わかった。じゃあ頼む」
「うん。えっと、どこから話せばいいのかな? 私とトーマ君は同じ孤児院で――」
説明にかかったのはほんの十数分。
彼との出会いから今日までの出来事。
思い返せばあっという間で、激動のような日々だった。
色々あった、の一言では語りきれないほど紆余曲折もあったし、ここにいるのだって全部が良いことばかりじゃない。
それでも思った以上にすんなり説明できた自分に、少しだけ驚いた。
聞き終わったみんなは、それぞれの反応を見せる。
「事情は把握したよ。とりあえず、トーマが無茶して連れ出したわけじゃないことにはホッとしたよ」
「俺がそんなことすると思ってるのか?」
「やりかねないだろ」
「心外だな。お前とは後で話し合いが必要みたいだな」
ちょっとした言い合いみたいになる二人。
だけど怒っているわけじゃないし、半分は冗談なのだろうとわかる。
この二人は友達のような関係性なのかな?
「都会の貴族ってめんどくさいんだな~ 頑張ってる人なら認めればいいのに」
「そう簡単じゃありません。貴族とは格式や歴史、地位を重んじるものです。それは王都でも、その他の街でも変わりません」
「ふむ。私共の主、特に先代の主様が変わっていただけですな。あの方は貴族とは思えないほどお優しかったですからな」
ロレンさんが先代の領主様の話をすると、みんな懐かしむように目を伏せる。
一体どんな人だったのだろう?
想像するしか出来ないことが少し寂しい。
時間がある時でもいいから、私も知っておきたいと思う。
きっと話を聞いただけで好きになるだろうから。
空気がしんみりする中、トーマ君が咳ばらいを一回。
話をつづけるぞ、の合図だ。
「事情は彼女が話してくれた通りだ。それで今日からうちで働いてもらうことにしたんだけど、異論はないよな?」
「もちろん」
「全然なーい!」
「私たちは旦那様の決定に従います」
「同じく。異論はありません」
四人とも等しく、異を唱えることはなかった。
そうだろうと期待していた分、良かったとホッとする。
私を受け入れてくれたこともそうだし、トーマ君の周りの人たちが、良い人ばかりだったから安心した。
もし彼まで、私と同じような苦労をしていたら……嫌だからね。
「よし! 堅苦しい話はここまでだ! 今日は彼女がうちに来た日だし、夕食はちょっとくらい豪華にいきたいな」
夕食……そういえばもうそんな時間だ。
窓の外では夕日が沈んで見えなくなっていく。
緊張も解けたせいで、お腹が一気に空いてきた。
「かしこまりました。では準備してまいります。イルミナ、手伝いなさい」
「はーい」
「私も手伝いましょう」
三人が先に部屋を出ていく。
残った私たちの中で、シュンさんが先に席を立つ。
「俺もまだ仕事が残ってるから片付けてくるよ。トーマは彼女の部屋を案内してやったらどうだ?」
「そのつもりだ。遅くなるなよ?」
「ああ、夕食を逃したくないからな」
そう言ってシュンさんも部屋を出ていく。
最後に残った私とトーマ君は、お互いを意識するように目を合わせて微笑み、同時に立ち上がる。
「部屋を案内するよ。それと、明日は領地を案内するつもりだから」
「え、トーマ君が案内してくれるの?」
「ああ。俺の領地だからな。どれだけ魅力的なところなのか知ってもらいたいんだよ」
「そっか」
君がそう言うんだから、きっと素敵な場所なんだろう。
「じゃあ期待してるね?」
「おう」
私の新天地。
ここで新しい日々が始まる。