69.アルザード王国
アルザード王国。
私たちが暮らす国とはお隣同士で、トーマ君が治める領地の端が国境になっている。
身近な他国の一つだけど、あまり国同士の関係はよろしくない。
理由は、過去に起こった戦争にある。
二つの国は領土の奪い合いをしていた。
戦争の結果は、互いに疲弊したことでの自然停戦。
和解したわけではないこともあって、現在でも小さくも確かな蟠りが残っている。
「まったく古い考え方なのだよ。いつまでもうじうじと情けない限りだ」
「その通りではあるんだがなぁ……」
私とトーマ君は、殿下の馬車に一緒に乗って国境を目指している。
突発的に出張のようなものが決まって、私は隣国アルザードで三日間滞在することになった。
トーマ君は私を心配して一緒についてきてくれている。
表向きは外交という意味合いで。
「ねぇトーマ君、国同士ってそんなに仲が悪いの?」
「ん、なんだ? アメリアも王宮にいたんだから多少は知っているだろう?」
「一応やんわりと」
王宮で働いていると、毎日いろんな話が聞こえてくる。
他愛ない世間話のように、他国の事情や王城内で起こっている問題……。
中には外に洩らせないような話も平然としている。
そんな中、時折アルザード王国の話も聞こえてきた。
内容はだいたい悪い話で、貿易が上手くいっていないとか。
領土の一部を取り合っていたりもするそうだ。
「けど、昔みたいな戦争には発展していないんでしょ?」
「それはそうだよ。そこまですることじゃないし、現代は大戦の記録から戦争が悪い文化っていう認識が強い。下手に戦争なんて始めたら、国民からの批難を受けかねない。だからにらみ合い、交渉が続いているそうだよ」
「難しい話だね。あ、でも私たちの領地は関係ないんだ」
「ああ、シンプルにお互い不必要な土地だからな。アルザード的にもいらないし、うちとしても領土の広さを維持するために残しているって感じだから」
今の話を聞くだけでも、国境の問題はシビアだとわかる。
ただしその問題の中に、私たちの領土は含まれていなかった。
例外的にここだけは、めんどうな入出国の許可も必要ない。
そうでなかったら今みたいに、他国の王子様が突然訪ねてきたり、一緒にその国へ移動したり……。
仲の悪い国同士の人間ができるはずない。
「でも、私たちを招き入れて、その……殿下は怒られたりしないのかな?」
「よくは思われないんじゃないかな?」
私たちは互いに顔を近づけて、ひそひそ声で話す。
国境の移動の制限が緩いといっても、国の代表である王族が無断で他国の人間を招き入れる行為は、普通に考えても理解されないと思った。
トーマ君も私の意見に同意している。
国境を渡った途端に悪いことでも起こるんじゃないかと、少しだけ不安になった。
「余計な心配は不要なのだよ」
すると、私の心を見透かすように殿下が言う。
「俺のやることに一々文句はつけさせん。お前たちは堂々としていればよいのだよ」
「ど、堂々と……」
「そうだ。他でもない俺が招待しているのだからな」
「相変わらず凄い自信だな……」
トーマ君が小さくため息をこぼし呆れる。
そんな彼の表情を見てニヤリと笑みを浮かべた殿下は、続けて私たちに語る。
「今から向かっている街は、俺の国でも辺境と呼ばれている場所だ。規模はお前たちの領地より大きいがな」
「なんだよ、自慢か?」
「事実を言ったまでなのだよ。辺境であることもまた事実。俺が何をしていようと、何を企てようと、王都までは届かん。逆もまた然り、王都の人間、ましてや父上たちが介入することはありえないのだよ」
そう断言する殿下は目を逸らし、一瞬だけ憂いているような表情を見せた。
時折見せるあの表情はどういう意味を持っているのだろうか。
トーマ君の反応も気になった。
殿下の表情の変化に合わせるように、トーマ君も少しだけ悲しそうな顔をするから。
その表情の理由も、この三日間で知られたらいいなと思う。
揺れる馬車に乗って時間を過ごす。
国境に近づくにつれて、ガタガタと揺れが大きくなった。
「もう少し道を整備したらどうなのだ?」
「できたらとっくにやってるよ。時間も金も、人員だって足りてないんだ」
「はっはっはっ! 道一つ整えられんとは! ここは俺が通る道なのだぞ? 早急に整備するべきではないのか?」
「うるさいな。そう思うならお前が整備してくれよ。俺たちはそっちに行く用はないし、この道も普段は使わないんだ」
二人が会話をしている最中も、馬車は酷く揺れていた。
一応は国境へ続く街道なのだけど、木を切り倒して土を埋めて、道っぽくしただけの場所だった。
当然ゴロゴロと石が転がっているし、環境の変化で地面も削れたり、クレーターができている場所もチラホラある。
「仕方あるまいな。ならば物資と人員は手配してやろうではないか」
「本当か? どうしたよ。やけに今日は気前がいいな」
「ふっ、三日間の対価なのだよ。支援すると言っただろう? 俺は嘘はつかん」
「……そうだったな。助かるよ」
殿下はさっそく約束を果たそうとしてくれいてた。
私が三日間滞在する条件として提示した領地への支援を。
つくづく不思議な人だ。
噂に広がるおバカな王子には見えないし……だけど、ふいに子供っぽい様子も見せて。
「おっ、そろそろ出るぞ。アメリア」
「え?」
「国境だ。もうここからは――」
道の端に立っていたのは地味な看板だった。
そこを抜け、馬車が走る。
「アルザード王国だ」
私は生まれて初めて、自分の国を出た。
この時、不意に予感がした。
これから三日間の滞在で……何かが起こりそうだと。






