68.行ってもいいですよ
失礼なのは承知の上だけど、この二人なら許してくれる気がした。
二人のやりとりを見ていたら、そんな風に思えた。
視線が私に集中する。
「なぜ、だと?」
「は、はい。私が、というより錬金術が必要な事情があるのでしょうか?」
この領地のように、錬金術を必要とする問題が起こっている。
もしもそうだとしたら、私にできることは協力したいと思っている。
噂程度で情報が不確定のまま、わざわざ国境を越えて会いに来られたんだ。
きっと相応の理由があるはずだと。
「ふ、理由が知りたいのか?」
「はい」
「はぁ……聞くだけ無駄だと思うぞ」
なぜかトーマ君はため息をこぼす。
無駄っていうのは?
彼には殿下が私を必要とする理由に見当がついている様子だった。
その呆れようは気になったけど、私は殿下に視線を戻す。
殿下はニヤリと不敵に微笑み、腕を組んで私に言う。
「そんなの決まっているのだよ! 面白そうだからだ」
「……え」
「だから言っただろ? 聞くだけ無駄だって」
「え、いや、その……もっと他に理由があるんですよね? 国でよくないことが起こっているとか、そういう」
さすがに冗談だろうと思って、私は殿下に聞き返す。
すると殿下はキョトンと首を傾げる。
「いいや、特に何もないのだよ。国は平和そのものだからな」
「えぇ……」
意識的に入っていた肩の力が一気に抜ける。
真剣な表情も、トーマ君と同じ呆れへと変化した。
そんな理由で国境を越えてきたの?
ただ興味があるからというだけで?
信じられない私に、トーマ君がフォローを入れる。
「こいつはこういう奴なんだよ。自分の興味にまっしぐらで、それ以外のことは気にしない。アメリアが想像するような重大な理由なんてないぞ」
「はっはっはっ! そういうことだ! 仮に国の危機があろうと、俺が動くようなことはないだろう。俺は所詮、第三王子なのだからな」
「またお前はそういうことを」
「事実であろう? 俺が何をしようと国に影響を与えない。影響を与える者たちは決まっている。兄上たちがいれば、俺は不要なのだよ」
殿下は退屈そうな顔をする。
その表情の中には、どこか寂しさみたいなものが隠れているような気がした。
トーマ君が殿下を見つめる瞳も似ている。
私にはまだ、二人が交わした会話と表情の意味を理解できない。
何かあったんだろうな、程度しかわからない。
ただ、なんとなくだけど感じることがある。
殿下は誰かに似ている。
「さて、俺から話すことはもうない」
「だったら帰ってくれるか?」
「何を言っているのだよ。まだ目的を果たしていないではないか。錬金術師を連れ帰るまで、俺はここに留まるぞ」
「いやだから、駄目だって話をしたばかりじゃないか」
呆れるトーマ君を殿下は鼻で笑う。
「ふっ、一度断られた程度で諦めるとでも?」
「なんでこういうことに関してはしつこいんだよ。何度お願いされても結果は変わらないぞ」
「むぅ……であれば交換条件を出そう。三日でいい。俺に彼女を貸してくれ。その代わり、今後は俺がこの領地を支援してやろう」
「は? 支援?」
出された条件にトーマ君が食いついた。
それを好機と思ったのか、殿下は前のめりの姿勢になって語り出す。
「そうだ。必要な物資があれば俺が用意しよう。人員も必要ならこちらで手配する。もちろん状況次第では有償になるが、条件はお前が決めていい」
「お、おい、いいのか? そんなこと簡単に言って」
「問題はない。俺に与えられた権限であればそれくらい造作もない。加えてこの地は、他国はおろか自国からも見放された土地なのだ。国境を渡るのに手続きすら不必要な地で何をしていようと、誰も文句は言わないのだよ。どうだ? お前たちにとって悪い条件ではないだろう?」
「それはまぁ……そうだが……うーん」
殿下の提案にトーマ君が揺れている。
口頭での約束にどこまで効果があるのかわからないし、殿下が本気で言っているのかも私には判断できない。
トーマ君が悩むくらいということは、殿下なら本当にそうするという確信があるのだろう。
だとしたら、本当によくわからない人だ。
「アメリア」
「え、なに?」
「君の意見が聞きたい」
「私? 私は……」
悩むトーマ君と、返答を待つ殿下。
二人の顔を一度ずつ、交互に見て考える。
数秒間を空けて私は頷く。
「行ってもいい、かな」
「おお!」
「いいのか?」
「うん。三日間だけだよね? 次の季節に備えて準備だけは早めにしてあるし、そのくらいなら大丈夫だと思う」
最初はどちらでも良かった。
だけど今は、私も少しだけ興味が湧いている。
殿下が私に興味を抱いた理由を、この目で確かめて感じたい。
それに他国へ行く機会なんて今までなかったから。
「よく決断した! では早々に出発しようか」
「今からですか? その、準備だけする時間を頂きたいのですが」
「もちろん構わんぞ」
「ま、待て!」
話を進める私たちをトーマ君の声が呼び止める。
「どうしたのだ? 結論は出たであろう?」
「そうなんだが……あー、よし! 俺も一緒に行く」
「トーマ君も?」
「ああ」
そう言ってこくりと頷く。
トーマ君は殿下に尋ねる。
「俺も同行する。問題ないよな?」
「構わないぞ俺は。だがいいのか? 領主が領地を放置して」
「外交という名目なら領民にも示しはつく。仕事も前倒しで終わらせてるから、三日くらいなら問題ない……よな?」
トーマ君は振り返り、後ろに立っているシュンさんに問いかけた。
希うような視線を向ける。
シュンさんは少し考えて、トーマ君に返す。
「わかった」
「本当か!」
「ああ、ただし三日だけだぞ」
「そのつもりだ。三日後にアメリアと一緒に戻ってくるよ」
彼がそう言うとシュンさんは、ならいいと一言返す。
「まとまったようだな」
「ああ」
予期せぬ形で決まった外出。
しかも行先はお隣の国。
唐突で戸惑いはもちろんあるけど、ワクワクする気持ちもあって。
とにかく楽しみだ。






