65.意外な人物
一人で始めた朝の散歩。
今はとなりに、トーマ君がいる。
待ち合わせなんてしなくても、偶然で二人になる。
そんな気がしていた自分に呆れて、私は笑ってしまう。
「ふふっ」
「えらく上機嫌だな。水錬晶がそんなにお気に入りなのか?」
「うーん、そうかも?」
「なんで疑問形なんだよ」
そう言って彼も笑う。
他愛ない会話をしながら、二人で畑をぐるっと回る。
問題も滞りもなく、畑の土には潤いが広がっていた。
確認を済ませた私たちは、そのまま屋敷へ戻るために歩き出す。
隣に並んで、同じ速度で。
「トーマ君、今日の予定は?」
「昨日と同じ。溜まってる書類を片付けないと」
「大変そうだね。領主様って」
「楽な仕事じゃないさ。でもその分やりがいはある。俺にとっても大切な場所だからな」
話しながらトーマ君は街の人たちを眺める。
行きよりも人通りが増えて、仕事の準備や朝の散歩をしている人の姿もある。
秋が過ごしやすい季節になったからか、人の流れも活発だ。
「今日も頑張ってるな、みんなも」
トーマ君は彼らを見ながら満足そうな顔を見せる。
それはまさに、領主様の顔だった。
彼の横顔をじっと見つめながらそう思う。
「ん? どうした?」
「なんでもないよ。私も領主様の支えになれるように頑張ります!」
「お、おう。もう十分すぎるほど貢献してくれてるけどな。むしろこっちからお返しをしなきゃいけないくらいだよ」
「お給料はちゃんともらってるよ?」
「それじゃ俺の気が収まらないって話だよ。アメリアには――ん? なんだ?」
話の途中でトーマ君が何かに気付く。
彼が見ている方向へ私も視線を向けると、不自然に人だかりができていた。
「やけに騒がしいな」
「本当だね? 何かあったのかな?」
あそこには確か、大きめの水錬晶が設置されていたはずだ。
もしかすると何か問題でもあったのかもしれない。
「行ってみようよ」
「ああ」
トーマ君と二人で人が集まっている場所に駆け寄る。
ざわつく人たちの声。
不安げな発言もいくつか聞こえてきた。
トーマ君が一人に尋ねる。
「何かあったのか?」
「あ、領主様。それがその……珍しいお方が……」
「珍しい? 来客の予定なんてなかったはずだけど」
私とトーマ君は同時にある物を見つける。
馬車が停まっていた。
しかもとても豪勢な、貴族が乗っていそうな装飾の施されている馬車だ。
そして馬車の傍らには二人の男性がいた。
一人は執事服を着た老人で、もう一人は――
「ほうほう。見たことのない結晶ではないか! 爺、これを持ち帰ろう」
「お言葉ですが坊ちゃま、領主殿の許可を取ってからにするべきかと」
「ふんっ、許可など下りるわけがないだろう? あいつは融通が利かないからな。っと、噂をすればだ」
整った顔立ちに、煌びやかな装飾が施された服。
見るからにお金持ちだとわかる派手な彼が、こちらに振り向く。
「なっ、なんで……」
トーマ君はひどく驚いたように両目を見開いていた。
「久しぶりではないか! なぁ、トーマよ」
「……どうして貴方がこちらに? お越しになるとは伺っておりませんが」
「言ってないからな! 俺とお前の仲だろう? いつも通りにしてくれて構わないぞ」
「……いえ、ここは人の目もありますので」
嫌そうな顔をしながらトーマ君は畏まる。
二人は知り合いで、おそらく相手側のほうが身分が高い。
どこかの貴族様だろうか?
ただ、わざわざこの領地に足を運ぶ理由がわからなくて、私はトーマ君に小声で尋ねる。
「あ、あのトーマ君の知り合いのお方?」
「……まぁ知り合いというか……隣の国の第三王子だ」
「へぇ、第三……王子様!?」
驚いて思わず大きな声が出てしまった。
私はとっさに口を閉じる。
貴族なんて話じゃなかった。
まさか王子様……しかも隣国の方だなんて予想できるはずもない。
「ん? トーマよ。隣の女はなんだ? 初めて見る顔だが」
大きく反応してしまったせいか、隣国の王子様の興味が私に向けられる。
トーマ君はすぐには答えなかった。
何やら渋っているように間を空けて、普段より声量を下げて話す。
「彼女はアメリアです。最近になってうちの領地の一員になったので、殿下もご存じなかったのでしょう」
「ほうほう。お前のところの屋敷で働いているのか?」
「ええ、そうですね」
「なるほど。ではその女が噂に聞く錬金術師か?」
私とトーマ君は同時にびくりと反応する。
隣国の王子様が私のことを知っていることへの驚き。
ふと、シズクが去り際に口にした忠告を思い出す。
もう少し周りがどう見てるのかも考えたほうがいい。
周りというのは領民の方々だと勝手に解釈していた。
だけどあれは、さらに広い意味での話だったのではないだろうか。
例えばそう、お隣の国とか。
「どうなのだ? お前が錬金術師か」
「あ、はい。そうですが」
咄嗟に応えてしまった。
嘘をつくことでもないけど、特に何も考えずに。
すると、彼は笑みを浮かべる。
「そうかそうか。これは運が良かったな。早々に出会えるとは」
彼は私の前へと歩み寄る。
そして徐に、私の手を握る。
「俺はお前に興味があって来たのだよ」
「……へ?」
「はぁ……やっぱりか」
私は固まり、トーマ君はため息をこぼす。
そしてもう一つ、シズクの言葉を思い出す。
隣国の第三王子……その通称は『馬鹿王子』だった。
そう呼ばれる人物に興味を持たれていることが、どれほど大変か……不安がよぎる。






