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63.広まる名声

「え? もう出発しちゃうの?」

「うん。王国から命令が入ったから」

「そっか……お仕事なら仕方がないよね」


 水錬晶の作成から一夜明けた昼。

 シズクは屋敷を出る準備を進めていた。

 聞けば新しく調査の命令が入ったらしい。

 スレイプ村から戻ってまだ一日しか経っていない。

 帰りにも四日かかったから、ちゃんと休めたのなんて昨日の夜くらいだろう。


「でも休んでいかなくて平気なの?」

「平気。いつものことだから」

「そう……」


 シズクの仕事も大変なんだ。

 他国を渡り情報を集めて帰還する。

 一歩間違えれば罪人として処罰されてもおかしくない危険なお仕事だ。


「……今度はどこに行くの? 答えられなかったら良いけど」

「また隣の国。場所もすぐ近くだから、そんなに時間はかからないと思う」

「そうなの? じゃあまたすぐに戻って来れそう?」

「努力する」

 

 シズクがそう言ってくれて嬉しくて、私は笑顔を見せながら彼女の手を握る。

 ちょっと乱暴だけど、ぶんぶんと上下に振って、絶対だよと念を押す。 


「いつものことなんだから心配しなくて良いのに」

「心配するよ! 友達なんだから」

「……そう。私からすれば、そっちの方が心配だけど」

「え、そっちって私?」


 私はキョトンとしながら自分に指をさす。

 すると彼女はこくりと頷いた。

 これから危険な任務に出るのはシズクのほうなのに、私のほうが心配って?


「私なんて何もないよ? 危ないことしようとしても、トーマ君に止められるしね」

「そういうことじゃない。あ、それもあるけど、もう少し周りがどう見てるのかも考えたほうが良い」

「え、それってどういう……」

「……ついでだから、その辺も調べておく。あの馬鹿な王子のことだから、興味を持っても不思議じゃないから」


 馬鹿な王子?

 さっきからシズクは誰の話をしているんだろ?

 小声で話していて、私に伝えているというより、自分に問いかけているみたいだ。


「あの、シズク?」

「とにかく、気を付けて」

「は、はい……」


 そのセリフは私が言うべきでは?


「じゃあ行ってくる」

「うん。いってらっしゃい」


 屋敷を出て行くシズクに手をふる。

 そんな私の後ろから、誰かの足音が聞こえて来た。


「あれ? シズクはもう行ったのか」

「トーマ君。うん、新しい任務でお隣の国に行くんだって」

「相変わらず忙しい奴だな。シュンにも挨拶していけばいいのに」

「あはははっ、きっと名残惜しくなっちゃうんだろうね」


 仕事に行きたくなくなるから、あえて顔を会わせないようにしたのだろう。

 その理由がシズクらしくてしっくりくる。

 

「……ねぇトーマ君、馬鹿王子って誰のことかな?」

「ん? ああ、シズクが言ってたのか。隣の国の王子じゃないかな? 結構有名だぞ。大層な大馬鹿だってな」

「へぇ~」


  ◇◇◇


 トーマが治める領地は、隣国との国境にもなっている。

 領地を抜ければお隣の国。

 本来、国を渡る際は細かな手続きが必要となり、国境地点には関所が設けられている。

 しかし、この領地と隣国の関係性は特殊だった。

 地図上では国境を越えてもお咎めはない。

 国境を越え、最初にある街に入った時点で手続きを済ませるだけで良い。

 極めて簡易的で、安全性という面では疑問が残る仕様。

 それでまかり通っている理由は大きく二つ。


 一つは言わずもがな、領地の厳しい気候である。

 一月ごとに変化し、それぞれが生活困難な状況を引き起こす天災の域。

 そんな場所を通って、わざわざ国に入る者はいない。

 野党や盗賊でさえできれば入りたくない地域なのだ。

 もちろん例外はあるが。


 そしてもう一つ……。


「はぁ、退屈だなぁ」


 国境付近を治めるこの男が、頭の足りない大バカ者だったからだろう。

 派手で明るい銀髪に整った顔立ちに青い目。

 見た目は上流貴族のおぼっちゃま。

 服装も派手さが際立って、ジャラジャラした貴金属も大量につけている。

 退屈そうにソファーで寝転がり、執事服の老人に尋ねる。


「なぁ爺、何か面白いことはないものか?」

「残念ながら坊ちゃまの退屈を紛らわすようなことはありません」

「なーんだ。せっかく遊びに来たというのに」

「仕方ありません。この地に限らず、今はどこも平和で落ち着いております。それは良いことです」


 平和が一番だと老人は行うが、男は呆れたような顔をしてため息をつく。

 退屈だ、退屈だと何度も口にしながら。


「それではつまらんのだ! これならいっそ、住民に金をバラまいて余興でも起こさせるか」

「そんなことをしては陛下に叱られますよ?」

「ふんっ、父上も一々干渉してはこないさ。父上は僕と違ってお忙しい方だからな」

「……左様で」


 皮肉交じりに嫌味を言う彼を見ながら、老人は悲しそうに目を瞑る。

 もちろん男は冗談で言っている。

 しかし、何かのきっかけに本気でそういう行いに出る可能性もゼロではなかった。

 彼の心は冷めきっていた。

 退屈に文句を言いながら、無気力に日々を過ごす。

 刺激を求めながらも決して自分から行動することはない。


「……まったく、世界は退屈過ぎる」

「そういえば、些細なことではありますが、気になる噂を耳にしました」

「ん? なんだ?」

「国境を越えた先、あの『四死の領地』のことです。なんでも、少しずつ改善に向かっているとか」

「ほう! あのどうしようもない場所がか!」


 驚きのあまり男はソファーから起き上がる。

 トーマ達の領地は、隣国に広まるほど有名な死地だった。

 四つの乱れた四季が襲うことから、この国では『四死の領地』と呼ばれているほどに。

 

「何があったのだ? 天変地異でも起こったか?」

「いえ、どうにも人の力のようです」

「なんだと? 誰かが変えたというのか」

「はい。あくまで噂ですが、かの地にやってきた錬金術師がいると」


 避けた心に刺激が走る。

 新しく、胸を躍らす何かを求めて。


「錬金術師か……面白そうだな」


 彼の名は、エドワード・アルディオン。

 アルザード王国の第三王子である。


 通称――馬鹿王子。

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― 新着の感想 ―
[一言] 隣国の馬鹿王子とは、これはまたひと波乱起きそうですね…
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