58.水の岩
領地を出てから四日が経過した。
目的地の村までの道のりは、森や渓谷を抜けたり、険しい山道を進む。
決して楽な道のりではなく、道中に街や村も少ない。
立ち寄る機会もないから、一日の大半は移動という極めて作業的な時間になる。
移動も数日続けばストレスだ。
でも私たちが一切それを感じなかったのは、シズクもいて話題が尽きなかったからだと思う。
私とトーマ君の昔話をしたり、シズクのことを聞いたり。
お互いに出会ったばかりで知らないことが多くて、それを確かめあった。
「シズクって結構おしゃべりだったんだな」
「うん! いっぱい話せたね!」
「……そうね」
旅に出てからずっと話しているのに未だ飽きない。
トーマ君の中でシズクは無口な性格になっていたみたいだけど、この旅で払拭されたみたいだ。
私も全部を理解したわけじゃないけど、シズクは言葉で感情を伝えることが苦手なだけで、誰かと話すことは嫌いじゃない、と思う。
質問すれば答えてくれるし、話題に上がれば自分から進んで話もしてくれる。
本当に話すのが嫌いだったら、ずっと口をつぐんでいるはずだ。
「ありがとなシズク。領主として、一個人の意見を聞ける機会は貴重なんだ」
「私は領民じゃないけどね」
「似たようなもんだ。今違うかもしれないが、そのうち公私ともに近い関係にはなるだろ? シュンと結婚したら」
「うっ、け、結婚……」
トーマ君がからかうように彼の名前を出すと、シズクは思った通りの面白い反応を見せる。
彼の話題を出すたびに表情や態度に出る。
見ているだけでも面白い。
「本当にシズクはわかりやすいね」
「だよな。これで気付かないんだから、シュンの鈍感にも困りものだ。あれは一種の病気なんじゃないかな」
「ふふっ、そうかもしれないね」
「……二人には言われたくないと思うけど」
シズクがぼそっと何かを呟いた。
内容が聞こえなくて、私とトーマ君が何か言ったかと聞き返す。
するとシズクは、なんでもないと首を振り、改めて進行方向を見つめる。
「そろそろ到着する」
「おっ! いよいよか」
「水の岩がある村! 名前は確かえっと……」
「スレイプ」
そう、それだ!
シズクから教えてもらった噂のスレイプ村が、私たちの前に姿を見せる。
森の木々に覆われていた視界が開けて、ポツリポツリと一階建ての家が顔を出した。
一軒ごとの間隔が広い。
私たちの領地よりもまばらに家が建っていて、道は土を固めただけで整備はされていない。
規模は村と言うには広めだけど、私たちの領地と比べたら天地の差だ。
「ここがスレイプ村……」
「自然に囲まれた村か。食料は自給自足、主要な街とも離れているから、この村だけで生活が成り立っている」
「詳しいねトーマ君。もしかして来たことあったりする?」
「まさか。領主がいない土地とは言っても、目的もなく来れる距離じゃない。今のはシズクから教えてもらった情報だよ」
シズクに視線を向けると、そうだというようにコクリと頷いた。
彼の言う通り、領地からは距離も離れている。
さらには何もない場所だ。
領主もいない地域で、名目上は王国が直接管理していることになっているけど、実際は完全な放置状態になる。
トーマ君の領地のように、国境に位置していたり、何かしらの政治的利点がない限り、辺境の何もない山奥を細かく管理はしないというわけだ。
「ここに水の岩があるんだ」
右を見て、左を見て。
それほど大きい村じゃないから、ざっと見渡すだけで全貌がわかる。
家は二十軒くらいあるだろうか。
洗濯物が外に干してある家もあれば、人がいるのかわからないほど古い建物もある。
「パッと見た感じなさそうだね」
「ここじゃない。岩があるのは村の奥にある川辺」
「あ、そっか! 川が氾濫した時にせき止めたって話だったね」
「なら奥へ向かうか? と、その前に……」
私たちが来たことに気付いた村の人たちが、ぞろぞろと集まってきている。
半数はお年寄りで、子供もいるみたいだけど数名。
建物の数と村人の人数は、どうやら比例していないみたいだ。
明らかに建物に対して人数が少ない。
彼らは私たちを見て怯えて、いや警戒しているようだった。
「馬車に乗った来客なんてそうそうないんだろうな。まずは挨拶だ」
「そうだね」
「わかった」
トーマ君が先に馬車から降りて、それに続いて私とシズクも降りる。
集まった村の人たちの前で、トーマ君がにこやかに話す。
「あの、あなた方は?」
「驚かせてしまって申し訳ない。私はトーマ・フランロード、この地とは異なりますが、王国より領地を預かる者です。二人は私の従者です」
「貴族様でしたか。何故このような場所に?」
「はい。実は少々お伺いしたことがございまして――」
トーマ君が淡々と話を進める。
初対面の人と話すのに慣れている彼は、一切躊躇することなく会話が出来る。
ちなみに話し相手はこの村の村長さんだ。
彼の話を聞くうちに、私たちを訝しんでいた村の人たちも徐々に落ち着いているように見える。
さすがトーマ君だと感心していたら、いつの間にか話が終わっていた。
「話はついたぞ。岩は村の奥を真っすぐいけばあるそうだ」
「え、もう終わったの?」
「聞いてなかったのか……勝手に調査もして良いと。時間が必要なら、空いてる家を使ってもいいそうだ」
「本当? 随分気前が良いね」
「俺たちの目的が分かって、自分たちに危害を加えるわけじゃないって安心したんだろ?」
辺境の村に突然馬車に乗った貴族がやってくる。
村の人たちにとっては、村を脅かす悪い知らせを持ってきたと警戒するだろう。
そうじゃなかったから安心しただけ、とトーマ君は語った。
ともかく話がついて、私たちは馬車を村に停めさせてもらい、徒歩で川の方へ向かった。
距離はそこまで離れていない。
歩いて三分、木々を越えた先に川はあった。
「これが……」
いいや、川よりも先にそれが目に入った。
空の青とは異なる水色。
波打つ水面のような模様の入った……巨大な岩が。






