57.鈍い二人
来週の更新はお休みです。
次回は12/7になりそうです。
ガタゴト、ゴロンガッタン。
歪な地面を車輪が走ると、不規則な音と振動が生まれる。
時には腰を浮かすほど大きく揺れることもあって、心地良い陽気に包まれながらもウトウトできない。
眠ってもすぐに振動に起されてしまうから、目覚めは最悪もいいところ。
「一気に空気が変わったね」
「領地を出たからな」
「本当にあそこだけ特別なんだ」
「ああ。あんまり嬉しくない特別だから、いっそ普通になってほしいよ」
トーマ君がやれやれと首を振る。
領地を出た途端に過ごしやすい陽気と湿気が戻ってきた。
ついさっきまで喉が渇いて仕方がなかったのに、今はそんなに感じない。
馬車に揺られていなければ、このまま眠っても良いと思える。
「しばらくこのまま馬車の旅なんだよね?」
「目的地はそれなりに遠いからな。最短でも四日はかかる」
「四日か~ 急いで行って戻ってきても一週間以上……」
「そう簡単に行くとも思えないし、まぁ半月以内には戻りたいよな」
「そうだね」
それ以上も屋敷を開けるのは、トーマ君的にも嫌だろう。
私も出来れば早く戻りたい。
一月で季節が移り替わるから、あまり長引くと冬が来てしまう。
そうなったら今度は冬の準備をしなくちゃいけないし、せっかく進展があっても活かせない。
次の秋までお預けは勿体ないよ。
「ねぇシズク。急いだり道を変えたら早くなったりしないのかな?」
「獣道を通って良いなら行く。どうなっても知らないけど」
「そ、そっか~」
なんだか言い方に棘を感じるな。
ま、理由はハッキリしているんだけど。
「トーマ君、いっぱい聞きすぎちゃったかな?」
「やり過ぎたかもな。俺もついテンションが高くなったよ」
「私も。反省しなきゃ」
「聞こえてるけどね」
それはそう。
シズク本人を挟んでトーマ君とひそひそ話をしているわけだからね。
もちろん私たちはわかってやっていた。
そのせいでシズクは余計に不機嫌そうな顔をする。
「ご、ごめんシズク。シズクの話を聞くのが楽しくてつい」
「決して面白がってはないからな? 俺も二人の友人として気になるんだよ」
「……別に気にしてない」
「「気にしてる顔だ~」」
トーマ君と私は口を揃える。
ついさっきまでシュンさんの話を延々聞いていて、恥ずかしがりながら答えてくれるシズクが可愛くて、どんどん質問し続けたのが良くなかった。
我ながら調子に乗り過ぎたと反省している。
反省はしつつ、聞けて良かったとは思ってるけど。
たぶんトーマ君も同じかな。
「しかしまぁ、シズクからシュンの話を直接聞けるって新鮮だったな」
「そうなの?」
「ああ。普段はそういう話してくれないし」
左右からシズクに視線を向ける。
「別に、話すことでもなかったから」
「でも本人以外にはバレバレだったよ?」
「そ、それは自覚してる……」
「俺も知りつつ聞かないようにしてたんだ。プライベートなことに、しかも男の俺から聞くってどうなのかって躊躇いがあってさ。ずっと気になってはいたんだが」
トーマ君は話しながら私に視線をずらす。
視線が合う。
「アメリアのお陰で聞く機会が出来たよ。二人が良い友達になってくれて俺も嬉しい」
「私もシズクと友達になれて嬉しいな~ 歳も近い女の子の友達ってシズクが初めてなんだよ?」
「ほう。シズクはアメリアの初めて、なわけか」
「うん! 初めてだね」
なんだか言い方が不自然な気もするけど、間違ってはいないから全力で頷いてみる。
女の子のお友達、という括りならイルちゃんが初めてになるけど。
歳が同じってところに特別な感じがあるんだ。
あとはそう、好きな人を知っているっていうのも特別かも。
「私の……話ばっかりしてないで、二人の話をしたらどう?」
「え、私たちの?」
シズクの顔が真っ赤だ。
シュンさんの話を聞いていた時よりも恥ずかしそう。
耳まで赤いよ。
頑張って話題を逸らそうとしているみたい。
「俺たちの話っていうと?」
「二人も仲良い」
「それはまぁそうだな?」
「うん。幼馴染だし、小さい頃は一緒に暮らしてたから。その頃の話はー」
チラッとトーマ君に視線で確認。
小さく頷いた彼を見て、伝わっていることを知る。
「知ってる。でも長く会ってなかったでしょ?」
「うん。十……二年ぶりだったのかな?」
「だな。十二年、随分間が空いた。街で会えたのも、あれは偶然だったしな」
「そうだね。もしあの時トーマ君に見つけてもらえなかったら、今頃どうしてたのかな~」
居場所をなくして、途方に暮れて。
今でもどこかの街をフラフラしていたのかな?
それとも仕事を見つけて働いてたかも。
どちらにしろ、間違いなく言えることが一つ。
トーマ君と再会出来なければ、こんなにも幸福を感じることはなかった。
今が一番、幸せだと思えなかっただろうと。
「……うん、やっぱり会えて良かったよ」
「俺も見つけられて良かった。ずっと気になってた」
「私もだよ。トーマ君は今頃どうしてるのかなーって何度も考えたもん」
「そっか。じゃあ同じだな」
同じ。
そう、私たちは互いに思っていた。
会いたいと。
「それって……」
「シズク?」
「どうかしたか?」
「……何でもない」
意味あり気に私とトーマ君を交互に見ていたシズク。
彼女は呆れたようにため息をつく。
「こっちは両方なのね」
ぼそりと呟いた言葉の意味に、私は首を傾げる。






