56.わかりやすいね
シズクの仕事を速攻で片付けた私たちは、彼女と一緒に水の岩を探しに行くことになった。
参加するのは私とシズク、それからトーマ君だ。
仕事を片付けた翌日の早朝、私たちは旅支度を整えて玄関前に集合する。
「忘れ物はないか?」
「うん。バッチリだよ」
「なら良い。今回は結構な長旅になるだろうからな。忘れ物したから取りに戻るなんて出来ないぞ」
「わかってるよ。そのために必要になりそうな物は準備してあるから」
ポーションの材料は一式揃えてある。
あまり大荷物になっても移動が大変だから、必要最低限には留めてあるけど。
背中に背負うカバンがパンパンになる程度には詰め込んだ。
こんなにも重いカバンを持ち歩くことなんて稀だ。
というか初めてかもしれない。
トーマ君は数日分の食料と、野宿するための道具を準備して、それらを馬車の荷台に詰め込んでいる。
シュンさんもトーマ君を手伝ってくれていた。
長旅と言うだけあって、食料だけでも大荷物になってしまいそうだ。
そんな中、シズクは手ぶらで軽々としていた。
「シズクは全然荷物ないんだね」
「私はいつもこうだから」
「そうなの? いろんな場所に行くんだよね? 食料とか色々必要にならない?」
「基本的に現地調達してる。それに荷物が多いほど動きが遅くなる。隠密の邪魔になるから持ち歩かない」
「なるほど~」
彼女のお仕事は主に他国の情報を入手することらしい。
実際に仕事風景を見たわけじゃないからわからないけど、きっと過酷なんだろうな。
私の宮廷時代とは別の意味で辛い仕事だと思う。
もしバレたら……なんて考えたくもない。
そうならない工夫もたくさんしているのかな?
あとやっぱりちょっとだけ不機嫌そうなのは気のせい……?
「これで最後っと」
「助かったよシュン。ありがとう」
「このくらいお安い御用だ。本当なら同行したいところなんだが……さすがに屋敷を留守にするわけにもいかない。いつまた不埒な輩が乗り込んでくるかもしれないしな」
「そうだな。俺とお前が二人して屋敷を留守にするのは避けたい」
シュンさんが頷く。
不埒な輩というのはカイウス様のことだね。
今さら様とかつけなくても良いのか。
もう相手は貴族でも何でもないし。
屋敷および領地は現在、絶賛警備増強中だったりする。
「まぁ心配するな。今回は代わりにシズクも一緒だ」
「そうだな。なんだか最近俺、護衛らしい仕事してない気がするけど」
「良いんだよ別に。護衛だけが仕事じゃないんだし、そもそも俺に護衛なんて必要ないんだ。昔ならともかく今はな?」
「その通りだ、とは言いたくないが、確かに今のトーマなら大抵のトラブルは自力で何とか出来るだろう。そこは信頼してる」
そう言いながらシュンさんは、ちょっぴり寂しそうに笑う。
トーマ君の護衛役として、自分が必要なくなる寂しさみたいなものかな?
子供が親離れする感覚とか、って私にはわからないけど。
シュンさんはシズクに視線を向ける。
目と目が合って、不機嫌そうだった彼女はぴくんと反応する。
「シズク、悪いが二人を頼むよ。どっちも勝手に無茶したがるから」
「は、はい! 任せてください」
「無茶するのはアメリアだけだぞ」
「トーマ君だって危ないことするよね?」
私とトーマ君で顔を見合わせ言い合う。
その光景を見ながら、シュンさんは小さくため息をこぼしシズクに念を押す。
「二人が怪我しないように見張っててくれ。頼りにしてるよ」
「はい」
シュンさんがシズクの肩をポンと叩く。
頼られたシズクは嬉しそうに、うっとりと表情が和らぐ。
さっきまで不機嫌そうだったのが嘘みたいだ。
本当にシズクはシュンさんのことが大好きなんだなーと再確認する。
せっかくの機会だし、旅の間にシュンさんの話をたくさんしようかな。
なんだか楽しみになってきた。
主目的はお仕事だけど、そういう楽しみがあっても良いよね?
荷物も積み終わり、話もついて。
いよいよ出発だ。
というところで私たちの元へ駆け寄る小さな足音が一つ。
「おーい! みんなもう出発するのかー?」
「イルちゃん! おはよう」
「おはようリア姉さん! 結構遠い所まで行くんだよね? 気を付けてね!」
「ありがとう」
「イル、留守の間は屋敷を頼むぞ」
「まっかせといてよ主様! 馬鹿な奴らが来たら燃やしてやるからな!」
イルちゃんは腕まくりしながら過激なことを言う。
彼女なら本当にやっちゃいそう。
そこはシュンさんが上手くフォローしてくれるから大丈夫か。
「そろそろ出発しよう」
「うん」
「……わかった」
ワンテンポ遅れてシズクが馬車へ乗り込む。
操縦は彼女の仕事だ。
シズクは手綱を握り、左右に私とトーマ君が座る。
後ろでも良かったけど、お話しするなら隣のほうがいいよね?
「じゃあ行ってきます!」
「おう」
「いってらっしゃーい!」
シュンさんとイルちゃんに見送られ、私たちの馬車は出発する。
ガタガタと音を立てながら、小刻みに揺れる。
「よろしくね、シズク」
「……わかってる」
あ、またちょっと不機嫌になった。
昨日から時折不機嫌そうに……ガッカリもしているような。
「あ、そっか。シュンさんと一緒にいられないから不機嫌なんだね」
「うっ……」
「よく気付いたなアメリア。正解だぞたぶん」
「やっぱり?」
トーマ君も気づいていた様子。
ということは……
「そうなの?」
「……そんなつもり……ないけど……そう見えるの?」
「うん」
「見えるぞ」
シズクは恥ずかしそうに下を向く。
好きな人のことだと特別わかりやすい。
こういうところも可愛いと思った。






