53.新しい季節
本日はお休みになりました。
トーマ君に言われて半ば強引に。
お仕事する気満々だった私は、まだ休み気分にはなれずにいる。
せっかくのお休みなら楽しまないと!
とか、簡単に思えたらよかったのにね。
お休みに何をすればいいかわからなくて、なんとなく足を運んだのは……
「結局ここか」
「静かだし落ち着くでしょ?」
「それは同感だよ」
私とトーマ君がやってきたのは書斎だった。
数日前の休暇でも、トーマ君と二人でのんびり過ごした場所。
本に囲まれているこの環境は落ち着くし、本の匂いを感じて心地良い。
部屋の中は涼しくて快適だ。
むしろちょっと肌寒く感じる程に。
「何の本を読んでるんだ?」
「これ? いろんな植物と育つ環境について書かれてる本だよ。今後に役立つかなーって思って」
「勉強してるのか。それじゃ仕事してるのと変わらないぞ」
「全然違うよ? 新しいことを知ったり、身に付けたりするのは楽しいでしょ? 昔から読書は趣味なんだ」
私が知らないこと、見たことがない物はたくさんある。
本から学べる知識はとても多い。
この本を一冊書くために、きっと長い時間をかけているはずだ。
時間をかけ、体験して、知識として落とし込んで本にする。
それが後世に残って、私みたいな誰かが熱心に読んでいると思えば、なんだか素敵に思えない?
「私もいつか本を書いてみようかな」
「お、良いじゃないかそれ。どんな本を書きたいんだ? やっぱり錬金術の?」
「うーんどうだろ? 私なんかじゃまだ本に残せるような物はないからね」
「そうでもなさそうだけどな。足りないって意味なら、ここで暮らしていれば嫌でも増えるはずだぞ? 新発見、新感覚が必要な場所だからな」
ソファーに寝転がっていたトーマ君は、話しながら「よっ」と声を出して起き上がる。
手にしていた本を本棚に戻し、何気なく窓の外を見つめる。
「どうかしたのトーマ君?」
「正直ホッとしてるよ」
「え?」
「君が無事に戻ってきてくれたこと。改めて思い返しても、俺たちちっとも間に合ってなかったからな。君が独力で逃げ出さなかったら今頃……」
彼は語りながら目を伏せる。
右手は握りこぶしを作り、ぐぐぐっと音が鳴るくらい強く力を込めていた。
悔しさがにじみ出ている。
「トーマ君が落ち込むことないよ。私はほら、こう見えてやる時はやれるから!」
「そういう問題じゃないんだけどな。でも実際凄いことだよ。あの人数を自力で突破してくるなんてさ。普通は出来ないことだと思う」
「そ、そう? 素直に褒められるとそれはそれで恥ずかしいな~」
あの時は無我夢中だったし、何より怒りもあって興奮気味だったから。
今さら冷静に思い返しても、よく抜け出せたなぁと思うよ。
「運も良かったんだよね。次も同じ場面になったらできないと思うな~」
「次はないさ。絶対にない」
「ト、トーマ君?」
急に真剣な目で私を見て、ピシッと背筋を伸ばし向かい合う。
私は変に緊張して、思わず座っていた椅子から立ち上がる。
「俺が傍にいる限り、君に危険は訪れない。命にかけても必ず守ることを誓うよ」
「命って……大袈裟だな~」
「同じだよ」
「へ?」
「俺にとって君の無事は、自分の命をかけるだけの価値があるんだ」
自分の命をかける価値が、私にはあるのだと。
そこまで言ってくれる彼に、私の胸は忙しなく鼓動をうつ。
嘘や方便で軽々しく口にするような人じゃない。
彼は本気でそう思ってくれているんだ。
私なんかのために全力で誓いを立ててくれる。
「トーマ君……」
彼の言葉を耳にして、雰囲気を肌で感じて、気になってしまったことがある。
聞いても良いものか少しだけ迷った。
でもやっぱり気になるから、私は聞いてみることにする。
「どうして、私にそこまでしてくれるの?」
ぼそりと呟く。
二人の距離でしか聞こえない小さな声で。
「それは――」
「イチャついてるところ悪いけど良い?」
「「わっ!」」
「驚きすぎ」
突然聞こえてきた女の子の声。
聞き覚えのある声と、私とトーマ君の間にスッと入り込む新しい気配。
いつの間にやら窓が開いていて、彼女は書斎に入り込んでいた。
「シズク! 戻ってきてたのか」
「今さっき」
「び、びっくりしたよ。急に声が聞こえてきたから」
「ごめん。驚かすつもりはなかった」
だったら普通に扉から入ってくれば良いのに。
窓から音もなく入ってきたら誰だってビックリするよ。
そこも彼女らしさ、なのかな?
「とにかくお帰りシズク。王都まで報告してくれて助かったよ」
「別に任務だから。それと結果の報告」
そう言って彼女の口から語られたのは、捕らえられた野盗とカイウス様の処遇について。
内容はほとんど予想通りだった。
一番驚いたのは、リベラや室長のことかな。
私が抜けた穴がそのままポッカリ空いて埋められていないなんて。
正直大丈夫かなと思うけど、今の私には関係のないことだ。
「なるほどな。で、シズクはまた調査に戻るのか?」
「ううん、しばらくここに留まる。陛下から野盗の残党がいないか調査するように命じられている」
「そうなの! じゃあいっぱいお話できるね! 嬉しい!」
「う、うん。私も嬉しい」
勢い余ってシズクの手を握ると、照れて恥ずかしそうに顔を赤らめる。
そこへ窓から風が吹き抜ける。
夕暮れの温かな風が。
「暑さも弱まってきたね」
「そうだな。もうじき次の季節が……秋がくるぞ。また忙しくなるな」
「頑張るから安心して! あ、そういえばさっきの話」
「ん? ああ、それはまた今度にしよう。ちゃんとした時に話すさ」
ちゃんとした時?
それはいつなのだろう。
分からないけど、早く聞きたいと思うのはどうしてかな?






