5.ようこそ領地へ
途中から短編の続きです!
アメリアを追放した日の夜。
彼女が使っていた研究室に訪れる二つの影があった。
二人は扉を開け中に入り、綺麗に片付けられた部屋を見渡す。
「長かったね、リベラ」
「はい。カイウス様のお陰ですわ」
「何を言う。君の健気さと美しさ、そして実力があってこそだよ」
「ふふっ、なんて嬉しいお言葉でしょう」
片付けられ広々とした部屋で手を取り合い、イチャイチャする二人。
窓からは夕日が差し込み、その光が二人を照らす。
「カイウス様、お姉さまはこれからどうするのでしょう?」
「さぁね。予定通り家も追い出されたようだし、行く宛もなく惨めに彷徨うんじゃないかな?」
「ですが昨日は……それほど落ち込んでいませんでした」
「ふっ、あれはただの強がりだ。自分の無能さを散々思い知って、本心では打ちのめされているに違いない。まったく哀れな娘だよ」
カイウスはニヤリと笑い、リベラを徐に抱きしめる。
「あんな娘のことはもう忘れよう。私は君だけを愛しているんだ」
「カイウス様……」
「今日から君がこの部屋の主だよ。優秀な君ならば、期待以上の成果を出してくれると確信している。今から鼻が高いよ」
「ふふっ、ありがとうございます。ぜひともご期待に沿ってみせますわ」
愛し合い、抱きしめ合う。
しかし、二人は知らないのだ。
アメリアが五年間、どれだけの仕事をたった一人で熟してきたのか。
彼女一人が国にもたらした影響の大きさを。
その全てを、これから背負わなければならない事実を。
遠くない未来必ず知る。
彼女の偉大さと、決定的な才能の差を。
真の天才は――アメリアだと。
◇◇◇
馬車が森の中へ入る。
整備された街道を抜け、開けた景色が目に飛び込む。
寒色の建物が並ぶ街の景色を、緑の大自然が見守っているようで。
王都や大規模な街に比べればこじんまりしているけど、私には穏やかで居心地が良さそうに思える。
そうこうしている内に馬車が停まる。
街の中を抜けるのに時間はかからなかった。
到着したのは街はずれ、一軒だけ毛色の違う屋敷が建っている。
先に馬車から降りたトーマ君が、私に手を差し伸べる。
その手を握り馬車から降りると――
「ようこそ俺の屋敷へ。領主として君を歓迎するよ」
「大きい屋敷だね!」
「そうか? 王都の貴族たちに比べたら全然だと思うけど? 君がついこの間まで住んでいた屋敷のほうが大きんじゃないか?」
「うーん、そうでもないかな? 私はほら、養子だったし妹が生まれてからは放置されてたからね? 母屋じゃなくて離れの一回り小さい屋敷に住んでたし」
母屋で暮らしていたのは最初の数年だけだった。
初めは侍女さんもたくさんいて、身の回りのお世話もしてもらっていたけど、今となっては昔話だ。
身の回りのことは自分でしないといけない。
最低限のお金を与えられ、足りない分はお仕事で稼ぐ。
貴族とは肩書だけの生活……
そんな日々ともおさらばできたんだ!
トーマ君とも再会できたし、悪いことばっかりじゃないね。
私は改めて、トーマ君のほうを振りむき頭を下げる。
「トーマ君、これからよろしくお願いします!」
「こちらこそだよ。君の力を当てにさせてほしい」
「お任せあれ!」
「ははっ、本格的に調子が戻ってきたみたいで安心したよ。やっぱり君は元気じゃないとね」
そう言って彼は嬉しそうに笑う。
彼の笑顔を見ていると孤児院で一緒だった頃を思い出す。
だからきっと、あの頃みたいに話したり、表情がほどけてきたんだろう。
今日から楽しくなりそうだ。
「それじゃ中に案内するよ。使用人たちにも紹介しないとね」
「あ、うん!」
「そんなに緊張しなくて良いよ。みんな気の合う良い人たちばっかりだから。アメリアもすぐ仲良くなれると思う」
「そうだと嬉しいなぁ~」
王都じゃまともに話せるお友達もいなかったし……
困った時の相談相手がいないのは辛いよ。
今回はちゃんと仲良くなるんだ。
まずは真面目な感じを出して、少しでも良い印象を持たれるように。
「声は大きいほうがいいよね? 顔はどう? 笑顔? それとも真剣な?」
「何をブツブツ言ってるんだよ。もう入るぞ」
「あ、ちょっと待ってよ!」
心の準備中だったのに!
とか心の中で叫んでも聞こえず、そそくさと彼は屋敷の扉を開ける。
私も遅れないように駆け足で続いた。
玄関を進むと目の前には階段があって、その奥にいくつか部屋が見える。
左右には廊下が続いているようだ。
気になったのは人の姿が見えないこと。
辺境とは言っても貴族の屋敷だし、使用人もそれなりに多いはず。
トーマ君が呼びかける。
「戻ったぞー」
返事はなかった。
屋敷の主が帰ってきたのに誰も出迎えない?
そういえば馬車の御者さんは屋敷の人じゃなかったのかな?
いろいろと疑問が浮かぶ中、構わずトーマ君は歩き出す。
「じゃあ先に部屋へ案内するよ。荷物とかも置いてから仕事の話をしよう」
「う、うん……」
トーマ君の反応に目立った変化はない。
これが普通?
なんて思いながら彼の隣を歩く。
すると突然、背後から謎の気配を感じ取る。
「おっかえりー!」
「ぐほっ!」
振り返った時にはトーマ君が吹き飛んで床に倒れていた。
「え? ト、トーマ君!?」
訳が分からず困惑する私の隣に、彼を蹴飛ばした犯人が堂々と立つ。
桃色の髪に使用人の服を着崩して、してやったというにやけ顔をした少女が……
「遅かったじゃねーかよ主様! どこほっつき歩いてたんだ?」
「っつ、いったいな……おいイル! いきなり蹴るなよ」
「主様が一週間も領地を留守にするから悪いんだよ! その間あたしらが街の人たちの相談に……ん? ちょっと待て……この人誰だ?」
「あ、えっと……」
隣の彼女と視線が合ってしまう。
見た目からして彼女のほうが年下っぽいのだけど、目つきが少し鋭くちょっと怖い。
トーマ君が立ちあがり、彼女に説明しようと口を開く。
「今から紹介するよ。彼女は――」
「おい嘘だろ! 主様が街から女を攫ってきやがったぞ!」
「攫っ、そんなわけあるかぁ!!」
二人の叫び声が屋敷に響く。
唐突な展開となぞのテンションに、私一人だけ置いてきぼりをされていた。