47.仲良くなれそう
去っていく二人を見送り、残された私たちは屋敷の中へ戻る。
玄関先は屋敷から漏れ出た冷気のお陰で多少は涼しい。
とは言え外だから十分に暑くて、額や首元から汗が流れ落ちる。
バタンと玄関の扉が閉まる音と共に、ハッと気づく。
シズクさんと二人きりだ。
「えっと、待ってれば良い……んですよね?」
「そう言われてる」
「ど、どこで待ってれば良いのかな~ 自分の部屋とか研究室とか」
「そっちに任せる。私はついていくだけだから」
「な、なるほど~」
淡々と質問に答えるシズクさん。
気まずい。
二人きりで会話が続かない。
初対面だから仕方がないのもあるけど、シズクさんは世間話とか興味なさそうだし。
イルちゃんたちはどこにいるのかな?
この時間だから夕食の準備中だと思うけど、さっきの騒ぎで出てこなかったのは意外だった。
もしかしてシュンさんに出て来ないよう言われたとか?
どっちにしろ仕事中なら邪魔しちゃ悪いよね。
「じゃ、じゃあとりあえず私の研究室に行きますね」
「了解した」
ずっと玄関前にいるわけにもいかないので、私はシズクさんを連れて研究室に。
今日一日仕事もしていないし、研究室にも入っていなかった。
その所為か若干、慣れたはずの場所でもソワソワする。
「散らかってますけど、適当に座っていてください」
「気にしないでくれて良い」
「そ、そうですか」
うーん、本当に気まずいよ~
早く二人とも戻ってきてくれないかな?
一対一のストレスに耐えられる気がしない。
イルちゃんみたいに楽しいおしゃべり大好きそうな良かったのに。
話題を出そうにも興味を――あ!
一つだけ、興味を引きそうな話題があった。
「シズクさんって、シュンさんのことが好きなんですか?」
「ぶっ!」
急に噴き出した!
ヒットだ!
いきなりヒットしてくれたよ!
「やっぱりそうなんですね」
「な、なんのこと? 私は別にシュンさんがどうとか別に……」
「目が泳いでますよ?」
「うっ……」
シズクさんは顔を逸らす。
なんてわかりやすい。
シュンさんの名前を出した途端に顔を赤くして、クールな雰囲気が一瞬で壊れた。
お陰で緊張も解れていく。
「そっか~ シュンさんのこと好きなんですね~」
「そ、そんなにわかりやすい?」
「はい。端から見れば一目瞭然だと思います」
「そ、そうなんだ……」
「トーマ君も気づいてたし、たぶん屋敷の人はみんな気付いてると思いますよ?」
「そうなの!?」
ものすごく驚かれた。
まさかあれで気付いていないとでも?
「あーでも、当の本人は気づいていないみたいですね」
「あ、ああ……それは私にもわかる」
「トーマ君も、シュンさんは鈍感だって言ってましたよ」
「私もそう思う。で、でも変に気づかれて気を使われるよりは良い」
そういうシズクさんは奥手な感じがする。
この様子だと、ちゃんと告白したりはまだなんじゃないかな?
気になるし聞いてみよう。
「告白とかしないんですか?」
「で、できるわけないだろ! もしフラれたら生きていけない……」
「なんでフラれる前提なんですか……普通に仲良さそうだし、望みは高い気もしたけど」
「本当か!?」
今度は物凄い食いつき。
キラキラ目を輝かして私に顔を近づけてくる。
「は、はい。悪くない雰囲気に見えましたよ?」
「そ、そうか……で、でも仮にそれでこ、恋人同士になれたら……幸せ過ぎて死んじゃうかも」
「どっちでも死ぬじゃないですか」
シュンさんの話題を出してからの変わりようが凄いな。
この人……思った以上に面白いかもしれない。
あと表情もコロコロ変わって可愛い。
他にもたくさん質問してみたくなるね。
「シュンさんのどんなところが好きなんですか?」
「え、それは……色々だ。たくさん……ある」
「じゃあ一番は?」
「一番は……私をここに呼んでくれたこと……だと思う」
「え……」
それって、どこかで聞いたような。
彼女は続きを話す。
「諜報員は、その役割から敬遠されがちだ。他国でスパイみたいなことをしてるし、国の中でも悪だくみを暴くために駆け回ってる。貴族なんかは特に警戒して、近寄ろうとはしてこない。必要以上に他人と交流も持つべきじゃないから、常に一人だった」
そんなある日、彼女はシュンさんと出会ったらしい。
詳しい話はしてくれなかったけど、出会いは偶然で、その時の彼女は疲れ切っていたそうだ。
来る日も来る日も仕事ばかりの日常……それはまるで、少し前の私と同じ。
そんな彼女に、シュンさんは屋敷で休むことを提案した。
あろうことか諜報員の彼女を、主の屋敷で休ませようとしたんだ。
「かなり驚いた。馬鹿なんじゃないかって思ったくらい。だけど屋敷に来て、他のみんなも優しくて……私の仕事を聞いても態度は変わらなかった。こんなに温かい場所もあるんだって、教えてもらえた」
「……わかりますその気持ち。ここってビックリするくらい居心地が良いですよね」
「そう。初めて立ち寄りたい場所ができた。それから何度も訪れて、話をしていくうちに……」
好きになっていた、と。
彼女は消え入りそうな声で語ってくれた。
「なんだかシズクさんの話聞いてると、自分のことと重なっちゃいますね。私も仕事ばっかりで、色々あって打ちのめされてる時にトーマ君に誘われて」
「そう聞いてる。あの偉そうな貴族に振り回されたんでしょ?」
「そうなんですよ」
その後は私の話をしながら、彼女からもシュンさんの話を聞いて。
気づけば打ち解けて、楽しく話していた。
話しながら思う。
この人とは気の合う良いお友達になれそうだな、と。






