46.諜報員さん
「今の発言……明らかに私を脅しているように聞こえますが?」
「そうでしょうか? 貴方が先に使った言葉を真似ただけなのですが」
「っ……」
「それでどうしますか? いえ違いますね。何をしに来られたのでしょうか?」
トーマ君は最初の質問へ戻る。
文字通り、彼の脅し。
王家に伝達されたくなければ、今までの話や要求をなかったことにすれば良い。
繰り返すのであれば報告するだけだ。
カイウス様は自信満々に発言力の話をされていたけど、その立場も今は逆転している。
すでに勝敗は決していた。
「……いえ、ただ挨拶を。本日はこれで失礼します」
「そうですか。では、お気をつけて」
トーマ君はニコリと微笑む。
私から見れば真っすぐで良い笑顔だけど、カイウス様には癪に障ったのだろう。
あきらかに苛立って、眉をヒクつかせた。
しかし文句など何も言えず、トーマ君とシズクさんを交互に睨んで馬車の中へと戻っていく。
私たちは黙って、馬車の姿が見えなくなるのを待った。
馬車が完全に見えなくなる。
「「はぁ~」」
と同時に、私とトーマ君は盛大にため息をこぼした。
緊張が解れた証拠だ。
私たちは互いに目を合わせ、力を抜いて笑い合う。
そこへシュンさんが声をかけてくる。
「途中ヒヤヒヤしたが何とか乗り切ったな。お疲れ様、二人とも」
「まったくな。正直きつかったよ」
「ごめんなさい。私がここに来たせいで迷惑をかけてしまって……」
「アメリアのせいじゃないよ。悪いのは完全にあっちだし、君を勧誘したのは俺だからな? 責任云々で言えば領主である俺にある。君が気に病むことじゃないよ」
トーマ君は優しいからそう言ってくれるだろう。
今回は相手が悪かった……二重の意味で。
それでも多少、いやかなり申し訳ない気持ちは残る。
「そう落ち込むなって。良い感じ、かどうかは何とも言えないが、とりあえず収まったんだし。ほとんどシズクのお陰なんだがな」
「うん。あの、シズクさん! ありがとうございました!」
私が勢いよく頭を下げると、彼女は淡々と手を横に振って答える。
「礼には及ばない。私は私の仕事をしただけだから」
「本当に助かったよ。シズクが来てなかったら、ここまで優位に話を進められなかった」
「どういたしまして」
「俺からも礼を言わせてくれ。良いタイミングで戻ってきてくれたな、シズク」
「シュンさん! は、はい。お役に立てて光栄です!」
おや?
なんだか反応がおかしいような?
私やトーマ君と話すときは無感情という感じなのに、シュンさんと顔を合わせる時は活き活きとしているような……
目がキラキラしている気が?
「今回も隣国の調査だったか? 仕事とは言え各地を飛び回るのは疲れただろ?」
「そんなことないです。私が選んだ仕事ですから」
「シズクは真面目だな」
褒められて見せる笑顔には、単に嬉しい以外の感情も感じられて。
もしかして……
「ね、ねぇトーマ君」
「ん?」
私はヒソヒソ声でトーマ君に尋ねる。
「シズクさんってその、シュンさんのこと……」
「やっぱりわかりやすいよな?」
「あ、じゃあそうなんだ」
「ああ。シュンは鈍感だから気付いてなさそうだけど」
やれやれと首を振るトーマ君と、楽しそうに話す二人を眺める。
シズクさんのシュンさんを見つめる視線の熱さは、端から見ても明らかなのに。
あれで気付かないんだね。
「おっ、そうだトーマ。シズクの紹介をしてあげたほうがいいんじゃないか?」
「そうだな。アメリア、時々話題にはなっていたと思う。彼女がシズク、王家の命で世界各地を飛び回ってる諜報員だ」
「初めまして! 錬金術師のアメリアです。よろしくお願いします」
「こちらこそ」
返事は一言だけだった。
この人はシュンさん以外には不愛想なのかな?
それにしても変わった服装……
王都でも見たことのない形式だし、首に巻いたマフラーが一番気になる。
こんなに外が暑いのに平気なのかな?
よく見ると涼しい顔をして汗一つかいていない。
不思議な雰囲気の人だなぁ。
「さてと、とりあえず乗り切ったはいいが……」
「ああ、街の住人たちは不安がっているだろうな。何せこの領地に王都から貴族が来るなんて早々ないことだ。何かトラブルが起こったんじゃないかと疑う者もいるだろう」
「だな。噂が広がって騒ぎになる前に、俺たちで説明に行こう。シュン、悪いが同行を頼めるか?」
「もちろん」
トーマ君とシュンさんは二人で話を進めて、街の人たちに事情を説明しに行くことに。
私の所為なんだし、私も同行すると提案したいけど……
「俺たちだけの方が説明しやすい。悪いがアメリアは屋敷にいてくれ」
「わかったよ。ごめんね、トーマ君」
「気にするなって。シズクには俺たちがいない間、屋敷と彼女のことを頼めるか?」
「良いよ」
「助かるよ。それじゃ行ってくる」
手を振り、トーマ君とシュンさんは街の方へ歩いていく。
気にするな、なんて簡単に言うけど、どうしたって気にするよ。
私がいなければ、カイウス様がこの地を訪れることはなかったんだから。
「また迷惑かけちゃったな……」
ぼそりと呟く。
自分にしか聞こえないと思う声量で。






