45.そんなこと言って良いのかな?
言い切って満足していた。
カイウス様も動揺して困っているし気分が良い。
ちょっと性格悪いかな?
これくらいは許してもらえるよね。
「なるほど。戻ってくる気はないということだね?」
驚いた。
まだ確かめてくるなんて。
「はい? そう言っています」
「良いのかな? そんなことを言ってしまって」
彼は不吉な笑みを浮かべる。
何を考えているのか、いや企んでいるのか。
気持ちの悪い表情に、背筋がぞわっとする。
「どういう意味ですか?」
「私がここに来たのは独断ではないのだよ。再び宮廷付きに任命しようという話だ。当然、上からの要望でもある」
「上……まさか、陛下の」
「理解が早くて助かるよ。やっぱり君は優秀だね」
嫌味な言い方をする。
二チャッと浮かべた笑みは、ここ一番で気持ちが悪い。
自分の後ろには国王陛下が、国がいるぞという脅し。
その瞬間、先の話が私への要望ではなく命令になる。
「君は陛下からの命令を無視するというのかな? 国への貢献を拒否することはすなわち、国家に対する反逆行為と捉えられるかもしれないよ?」
「そ、それは……」
卑怯だ。
そんな言い方をされたら断れない。
国に属する者であれば誰も、陛下からの命令は絶対なのだから。
もはや私に退路はない。
従う以外に道はなくなった。
もし従わなければ……
「ここに残るという選択をとるなら、陛下にはこう報告しよう。彼女は陛下の元ではなく、辺境伯の元で働くほうが幸せだと言った。そう教え込まれてしまった哀れな女性だと」
そう来るだろうと思った。
私だけじゃなくて、私を引き取ってくれたトーマ君たちにも被害が及ぶ。
ただでさえ端っこの難しい領地だ。
切り捨てようと思えば簡単に切り捨てられるだろう。
私の所為でみんなが不幸になるなんて嫌だ。
それだけは絶対に嫌だ。
「どうする? 今ならさっきの発言は聞かなかったことにするが?」
「……」
「もう一度聞こうか? アメリア、私と一緒に王都へ戻ろう」
カイウス様は手を差し伸べる。
その手を取れば、またあの地獄のような日々へ逆戻りだ。
わかっている。
わかっていても、とるしかない。
私はみんなの生活を奪いたくないから。
「わかりま――」
「待ったアメリア。結論を出すには早いよ」
「え?」
「なんだと……?」
引き留めてくれたのはトーマ君の声だった。
彼はいつものように笑って、優しい表情で私を見る。
「トーマ君?」
「大丈夫だ。俺に任せろ」
そう言って彼は、一瞬だけ誰もいない場所をチラッと見て、カイウス様と向き合う。
「トーマ殿、先ほどの発言はどういう意味でしょうか?」
「いえ、お二人の話に口を挟んでしまい申し訳ありません。ですがお話を聞いて、少々気になる点がありまして」
「気になる点とは?」
「先ほど、貴方は陛下からの命令だとおっしゃいましたね? もし陛下からの正式なご依頼であれば、王印をお持ちのはずでしょう? 見せて頂けませんか?」
王印とは、王家の紋章が刻まれた証明書のこと。
陛下が直々に名を記し、自身の命を遂行する、または代行する者に手渡される。
王印を持つ者だけが、陛下の名を借りることを許される。
そういう決まりになっていた。
私はあまり触れる機会がなくて忘れていたけど、確かにそうだ。
トーマ君の発言に、カイウス様は明らかな動揺を見せる。
「王印は……今はない」
「今は? それはおかしいですね。陛下の名を用いた時点で王印を所持していないということは、陛下の名を不正に使ったということになりますが?」
「そ、それは……」
「まさか王都の公爵家の方が知らないはずありませんよね? 王印もなく陛下の名を騙るなんて、そのまま国家反逆の罪に問われますよ?」
トーマ君の言っていることは事実だ。
陛下の名は、この国で唯一絶対の存在を現している。
故に用いる者には資格が必要になる。
資格なく、勝手に名を使うことは陛下に対する侮辱に他ならない。
「もし王印もないのであれば、このことを王家に報告したらどうなるでしょうか?」
「トーマ殿……まさか私を脅しているつもりか? わかっていないようだが、私の発言と貴殿の発言が同じだと思わないほうが良い。私が否定すれば、貴殿が嘘を言ったことになるぞ」
「そうでしょうね。私は所詮辺境伯だ……ただ、貴方は少々不勉強がすぎる。この地がただの、辺境の領地だと思っている」
「なんだと?」
どういう意味?
奇しくも私とカイウス様は同じ疑問を抱いたはずだ。
その答えはすぐに、トーマ君の口から語られる。
「ここは国土の中でも端にある領地です。だから、多くの国々と隣接している。その関係上便利なんですよ。彼女のような役割の人間が、駐屯地とするには」
「何を言って――」
唐突に、トーマ君が手を指す。
誰もいない場所に。
そこは私と話した時、一瞬だけ視線を向けた場所だった。
「ご紹介しましょう。王家直轄の諜報員――シズク」
トーマ君が名を口にする。
すると、何もなかった場所に風が吹く。
風は草を巻き上げ集まり、僅かに視界を遮る。
遮られた視界が開けた時、そこに彼女は立っていた。
茶色い髪を後ろで結び、特徴的な黒い軽装に灰色のマフラーをした女の子が。
「だ、誰だ? 何者だ」
「ご紹介した通りですよ。王家直轄の諜報員です。カイウス殿も公爵家の者なら、名を聞いたことはあるでしょう?」
「……証拠は」
「証拠ならあるぞ」
答えたのはトーマ君ではなく、シズクと呼ばれていた女の子。
カイウス様に対して強気に、ため口で返す。
「これを見ればわかるんじゃないか?」
「そ、それは……」
彼女は一枚の紙を見せる。
そこには大きく王家の紋章が記され、陛下の名も書かれていた。
「お、王印……」
「私の役目は各国の動向を探って報告することだけど、内部でよくない動きとか思想があれば報告することも含まれてる。今の話、私が報告すればどうなるかな?」
「くっ……」
彼女の登場で一気に状況が変わる。
名前は聞いていた彼女に、正直私も驚かされている。
どうして今ここにいたのか。
いつからいたのかもわからない。
ただ一つ、明確にわかることがある。
私はもう、カイウス様の手を取る必要はないみたいだ。
「カイウス殿」
「うっ……」
「今ならまだ、さっきの発言も聞かなかったことにできますよ?」
トーマ君が言ったセリフは、カイウス様が私に言ったセリフと同じ。
彼なりの意趣返し、というより意地悪だ。






