43.会いたくなかった人
夢を見る。
もし、宮廷での生活が続いていたのなら、私は今頃どうしていたのだろう?
慌ただしくて、今日のことしか考えられないような日々が続いていたのだろうか?
私を切り捨てた……私が失った場所の中に、幸せは残っていたのかな。
例えばそう、愛とか恋とか、仕事以外のことでも。
「……ぅ、うーん……」
かくんと首が傾いた衝撃を感じて眠りから覚める。
目を開けると、外から差し込むオレンジ色の光が飛び込んて来て、思わず眩しさに目を背ける。
背けた先、私の膝の上ではトーマ君が眠っていた。
今座っている位置から時計が見えないけど、日の傾きからして五時くらいかな?
そろそろ起きないと。
「トーマ君、そろそろ起きよう」
まずは声をかけてみる。
優しい声だったからか反応はない。
かなり深い眠りに入っているように見えたから、今度はツンツンとほっぺをつついてみる。
「おーい、もう朝ですよ~」
夕方だけどね。
とか自分で突っ込みながら声をかけてみる。
「うぅ……アメ、リア?」
「そうだよ?」
「……俺、寝て……ん? あれ、なんで膝枕?」
「トーマ君が倒れてきたからだよ。起こすのもわるいなーって思って。その後で私も寝ちゃったんだけどね」
「そうか、悪いな」
ゆっくりペースで話しながら、トーマ君は目を擦る。
まだ寝ぼけているのかな?
普段より目がトロンとしている気がして、ちょっと可愛い。
「疲れてたんだね。お互いに」
「みたい……だな。にしても結構寝てたか。こんなにぐっすり寝たのは久しぶりかもしれない」
「私の膝がそんなに寝心地良かった?」
「そうだな。寝心地は良かったよ。なんか安心できた気がするよ」
「それは良かったです」
二人で小さく笑い合う。
寝起きのゆるい感覚のまま、言葉を交わさず視線を合わせて。
トーマ君の顔が私の膝の上にある。
このアングルは、案外嫌いじゃないみたいだ。
「もう少しこうしていたいけど、起きないとな」
「そうだね」
名残惜しさを感じつつ、トーマ君がゆっくり起き上がるとする。
私は彼の顔を少しでも近くで見ていたくて、ギリギリまで起き上がる彼を見下ろしていた。
その時――
バタンと勢いよく書斎の扉が開く。
「トーマ! アメリアさん!」
聞こえた声に驚いて、トーマ君が勢いよく頭をあげる。
見下ろしていた私のおでこがちょうどぶつかって、ごちーんと鈍い音がした。
「「いったー!」」
「大へ……なにやってるんだ?」
姿を見せたのはシュンさんだった。
私とトーマ君は揃っておでこを押えている。
キョトンとするシュンさんだったけど、すぐに慌てた表情に戻る。
「今はどうでも良いや。二人ともすぐに表へ来てくれ」
「え?」
「何かあったのか?」
「ああ。面倒な相手が来たぞ。俺たちにとっても、特にアメリアさんにとってな」
「私に?」
面倒な……人?
誰だろう?
この時、私の脳裏にはある二人の姿が浮かんだ。
私にとって面倒な人なら、もしかして……そう思ってしまった。
出来れば会いたくない人たちだ。
予想は外れてほしいとさえ思う。
けれど……
急いで玄関先に行くと、外には豪華な馬車が停まっていた。
馬車に施されている家紋に見覚えがある。
この時点でもう、淡い期待は裏切られた。
馬車から一人の男性が降りてくる。
ああ、もう。
ついさっき見た夢は、何かの前触れだったのだろうか?
夢の中でにこやかに笑っていた彼が、こうして目の前に現れるなんて。
「カイウス……様……」
「あいつが?」
隣でぼそっと漏らした私の声を聴いて、トーマ君がカイウス様に視線を向ける。
カイウス様は毅然とした態度でこちらを向き、にこやかに微笑む。
「突然失礼します。私は王都、ファウスト公爵家のカイウスと申します。もしや貴殿がフランロード辺境伯でいらっしゃいますか?」
「はい。私がフランロード家現当主、トーマ・フランロードです。ファウスト公爵殿、お会いできて光栄です」
「カイウスで結構ですよ。私はまだ当主ではありませんから」
「わかりました。では私のこともトーマとお呼びください」
「はい。そうさせて頂きます」
二人は淡々と会話を進める。
トーマ君も貴族の領主らしく振舞う。
その所為か、余計に私も緊張してしまう。
息が詰まりそうだ。
「それでカイウス殿、本日はどのような用件で来られたのでしょうか?」
「はい。実は用事があるのはトーマ殿にではありません」
そう言いながら、カイウス様の視線は私に向けられる。
目と目が合う。
普通のことなのに、寒気がしてしまった。
彼は笑顔だ。
穏やかな表情で、口調も良く知っている。
それなのにどうして、こんなにも怖いと感じてしまうんだ。
「久しぶりだね? アメリア」
「はい……カイウス様も、お久しぶりです」
落ち着かない。
ただの挨拶ですらぎこちない。
こんなこと、ずっと出来ていたはずなのに。
「元気そうにしているね。あれから君がどうしているか心配だったんだよ?」
心配?
そんなこと本当に思っていたの?
「まさかこんなに遠く離れた地で暮らしているなんてね。探すのに時間がかかってしまったが、ようやく見つけられた」
彼は手を差し伸べる。
「アメリア、君を迎えに来たんだ」






