42.穏やかな一日
夏の暑さは続く。
一月ごとに入れ替わる季節に慣れるまで、新参者の私には時間がかかりそうだ。
まぁ、それよりもっと時間がかかる慣れがあって……
「え? またお休みして良いの?」
「そう言ってるだろ?」
「えぇ、昨日だって休んだばかりなんだよ。もっと働かなきゃサボってるみたいに思われるんじゃ」
「思われるわけないって。あのなぁ……」
トーマ君はここ最近で一番大きなため息をこぼす。
盛大に呆れられている様子。
「夏に入ってずっと働き通しだったよな? クリスタルバレーに行ったりもしたし、成果も十分に出てる。ちょうど今日で夏も折り返しだな? もう半分は休んで良いくらいの仕事はしたんだぞ」
「そうかな~」
「納得しないなー。みんな喜んでただろ?」
「それは知ってるし嬉しかったよ? でもさ、他にもやらなきゃいけないことってあるでしょ? 夏の問題は暑さだけじゃないし、すぐに次の季節だってくるわけだしさ」
作物が育ちにくい問題は、夏の暑さも影響している。
さらにはコロコロと移り変わる環境に、大抵の作物が耐えられない。
特に味や質が大切になってくる野菜類は、ただ育てば良いというわけでもない。
そして次は秋、冬と新しい季節がくる。
春と夏と同じかそれ以上に過酷な環境になるのは明白だ。
暇な時間があるなら、今のうちに出来るだけ準備をしておきたいと思う。
これって当然のことだよね?
「わかるぞわかる。アメリアの言ってることは正しい」
「だったら良いでしょ?」
「正しいけど無茶なんだ。聞くがアメリア、君昨日いつまで起きてた?」
「え……えっと……」
あ、この感じはバレてる?
私が昨日、こっそり研究室で残業していたこと。
「ひ、日が変わる前には終わったよ?」
「俺が聞いてるのは眠った時間なんだが?」
「あ」
「はぁ……仕事熱心なのは良いけどさ。わざわざ隠れて必要以上に仕事する必要はないんだぞ?」
やっぱりバレていたみたい。
昨日はパッと新作ポーションの案が浮かんで、眠気もなかったからちょろっと試してみるつもりで。
気づけば集中して、日を跨いでいました。
はい……さっきの日が変わる前っていうのも嘘です。
「アメリアって気が付くと仕事してるよな」
「そうですね……」
「否定しないってことは自覚はあるわけか」
「あーうん。最近はそうかなって思えるようになったよ?」
私もちゃんと成長している。
精神的に。
行動は変わってないけど。
「とにかく休んでくれ。どうせまたすぐに忙しくなるんだ。その時に疲労困憊じゃこっちも困るんだよ」
「はい……ごめんなさい」
「……別に責めてるわけじゃないんだぞ? 君の頑張りは知っているし、尊敬もしているから。だからこそ心配なんだよ。無理はしてほしくないんだ」
「トーマ君……」
そういう優しい言葉をかけられると、私は何も言い返せないな。
だって嬉しいから。
私のことをちゃんと見てくれて、心配までしてくれることが。
でもだから、余計に期待に応えたいって思っちゃうんだけどね?
「少なくとも今日一日はお休みだ。じゃないと俺が心配だから」
「そのセリフってお前にも当てはまるよな~ トーマ」
「うっ、シュン……」
「シュンさん?」
私とトーマ君が話している所に、ひょこっと顔を出したシュンさん。
ニコッとしているのに、なぜか怖い。
「トーマ、お前も今日は休め」
「なっ、いや俺は」
「休むんだ。お前昨日も朝方まで仕事してたよなぁ? 今朝確認したら明らかに昨日じゃ終わらない仕事が済んでたぞ? というか、彼女が遅くまで仕事してたの知ってるのって、お前も起きてたからだよな?」
「ぐっ……そう……だな」
シュンさんに詰め寄られ、目を逸らすトーマ君。
なんだ結局トーマ君も無理してるんだ。
そんな気はしていたけど、私に休めとか言ってたくせに。
「そういうわけだから、アメリアさん」
「あ、はい」
「こいつのこと一日頼むよ。ちゃんと休ませてやってくれ」
「わかりました」
――というやり取りがあって現在。
私とトーマ君は書斎に訪れていた。
「ここなら静かだし落ち着けるだろ」
「休むんなら部屋のほうが良いんじゃないの?」
「それだとお互いに監視できないだろ。それとも同じ部屋のベッドで横になるつもりか?」
「ぅうーん、それはその……恥ずかしいかな」
別に嫌じゃない……けど。
孤児だった頃は一緒の布団で寝ていたし、よく子守唄を歌ってくれたっけ?
そんな懐かしい記憶を思い返しながら、私とトーマ君は窓際のソファーに腰かける。
手元には数冊の本がある。
「せっかく書斎にいるんだし、本を読まなきゃね。それくらいは良いでしょ?」
「別に止めないよ。俺も何か適当に読むか」
話しながら本を開き、同じ目線で並んで読む。
穏やかにゆったりとした時間が流れる。
外は猛暑だけど、部屋の中は涼しくて快適になった。
お陰でこうして本を読んでいても、汗が本に流れ落ちたりしない。
こんな風に自分の成果を実感するなんて、なんだか不思議な……
「スゥー」
「トーマ君?」
隣から寝息が聞こえてきた。
振り向くと、本を開いたままトーマ君が眠っていることに気付く。
ふらふらと倒れそうで、そのまま私のほうへ寄りかかり、頭が膝の上に乗る。
「ちょっ……まぁいっか」
気持ちよさそうに眠っている。
起こすのも悪いし、このまま寝かせてあげよう。
「ふぁー……」
彼の寝顔を見ていたら、私も眠くなってきてしまった。
うとうとしながら本への集中も薄れて……
いつの間にか、目を瞑っていた。






