40.欠かせない存在に
季節は変わらず夏。
外を歩けば蒸すような暑さに襲われ、家に帰っても熱気が籠っているだけ。
涼める場所はなかった。
水分を補給しては汗を流し、体温を下げようと身体が奮闘する。
それでも限界はあって、倒れてしまう人が毎年多かったそうだ。
でも、そんな日々とは別れを告げた。
この領地に、氷の花が咲いた日から。
「外装は一旦取り壊したほうがいいですか?」
「そこまでする必要はないですよ。中の床だけ取り払って吹き抜けにすれば。あとは各階の一部だけ残せば高所での作業も出来ると思うので」
「畏まりました。作業中は危ないんで、お二人とも下がっていてください」
「はい」
「じゃあよろしくお願いします」
私は大工さんに頭を下げる。
軽く手を振って、大工さんは作業へと入っていった。
「あとは任せて大丈夫だろ? 俺たちは一旦屋敷へ戻るか?」
「そうだね。ここにいても邪魔になるだけだし」
「じゃあ戻ろう。夕方くらいにまた様子を見に来る方向で」
「うん」
トーマ君と話して建物を出ていく。
そこは以前話に出ていた街はずれの使われていない建物。
今は街の大工さんにお願いして、改修工事に取り掛かってもらっている最中。
外に出ると、太陽の光に照らされ焼けそうな暑さが身に染みる。
「外は相変わらず暑いな」
「こればっかりはどうしようもないよ」
「そうだな。部屋の中だけでも涼しくなって良かった。さっきの大工たちも喜んでたぞ?」
「本当?」
トーマ君が頷き、大工さんたちが仕事中の建物へ視線を向ける。
「大工って力仕事だからな。ただでさえ汗をかくのに、この時期は暑すぎて仕事にならなかったんだと。それが今じゃ、部屋の中なら快適だし、外で仕事し終えて休める場所が出来たって」
「そっか。少しでもそう思って貰えたなら嬉しいよ」
「少しなんかじゃないさ。彼らだけじゃない。君に感謝しているのは」
会話しながら並んで歩く。
私たちは街の中でも露店が多い場所に入っていた。
立ち並ぶ露店。
その隅っこに、青い花がちょこんと置かれている。
「露店なんてこの時期無理だったのに、スノーフラワーのお陰で短い時間ならお店を出せるようになったんだよ」
そう言って彼は徐に露店のほうへと歩み寄る。
すると、彼に気付いた店番のおばさんがニコリと微笑んで言う。
「いらっしゃいませ領主様! それに錬金術師様も」
「こんにちは」
「こんにちは。店のほうはどうですか?」
「ご覧の通りです。お陰様でお店がひらけるようになりましたよ!」
おばさんは話しながら両腕を広げてアピールする。
スノーフラワーが置かれている影響で、露店の周囲は比較的過ごしやすい気温になっていた。
これなら多少汗をかく程度だ。
「私だけじゃなくて、他のみんなもお店を出せるようになったし。部屋が涼しくなったからですかね? 気軽に外へ出歩く人も増えましたよ」
「それは良いことですね。部屋が涼しいからと引きこもってしまうんじゃないかって、少々心配していたんですが」
「ええ。私も自分で驚きなんですがね。涼める場所があるからこそ、多少汗をかいても気にならなくなりました。お店が出せてもお客さんが来なきゃ困るところでしたが、むしろみんな出て来てくれる。良いことばっかりですよ」
「それは良かった」
おばさんはニコニコしながら、楽しそうに話してくれた。
心からの喜びが表情に溢れている。
そんな笑顔を見る度に、私の胸は達成感で満ち溢れる。
「錬金術師様、本当にありがとうございます。錬金術師様が来てくださったお陰で、私もみんなもこうして毎日を楽しく過ごせています」
「いえそんな、私はただ出来ることをしただけですから」
「そう謙遜しないでください。貴女様が私たちの日常を変えてくれたんですよ? 周りを見てください」
言われた通りに私は見渡す。
露店で働く人たちや、そこに集まるお客さん。
汗を流しながらも楽し気に、和気あいあいと交流している光景を。
「貴女が来てくれなかったらこの光景もなかった。この光景を作ったのは貴女です」
「私が……」
「そうですよ。みんな感謝しています。どれだけ返せるかわかりませんが、必ず恩返しいたしますから」
そうやって、おばさんは何度も何度もお礼を言ってくれた。
私の胸から溢れそうになるくらい。
こんなにも幸せで良いのかと、今を疑ってしまうほどに。
「もうわかっただろ?」
そんな私に、トーマ君は言う。
「君はもう、この街に欠かせない存在なんだ。みんなが君を必要としている。もちろん俺も」
「そう……なのかな」
私を必要としてくれる場所、必要としてくれる人たち。
純粋に真っすぐな期待を向けてくれる彼らに、私は応えていけるだろうか?
「安心しろよ。俺もちゃんと支える。君が頑張れるように、俺も一緒に頑張るからさ」
「トーマ君……そっか。一緒……か」
ずっと一人で頑張ってきた。
誰も味方はいなかったから、そうするしかなかった。
だけどもう、一人きりじゃない。
一人で頑張らなくて良いんだと、そう言ってくれる人もいる。
今、隣にいてくれる。
温かい街と一緒に。
「本当に……ここへ来られて良かったよ。私は幸せ者だなー」
「まだまだこれからだぞ? 幸せに限界なんてないんだからな」
「うん」
新しい明日が来る。
そこにはきっと、私が知らない幸せが待っている。






