38.錬金術師の解析方法
「青い……桜?」
見た目は桜の木と花。
満開の桜が目の前にある。
しかし、花の色はピンクではなく、透き通るような青だった。
青い空の下、白い雪の絨毯の上で咲く青い桜。
現実離れした光景を前に、数秒思考が停止する。
「アメリア?」
「あ、うん。あれがほしかった花で間違いない……のかな? 正直文献の情報も曖昧だから確証はないけど」
見た目でしか今のところ判断できない。
ただ、普通の花でないことは明らかだった。
なぜなら透き通っていたから。
花の青さだけじゃなく、空の青さも花に加わって、より青く見えている。
まるでガラス細工みたいだ。
植物にも命があるとして、生きている花には見えない。
「どうする? あれを採取して戻るか?」
「うーん、まずは調べてみたいかな。少し時間を貰ってもいい?」
「良いぞ。どうやらここは安全な場所らしいからな」
トーマ君が右から左へ周囲を見渡す。
ここには何もない。
中心に生えた一本の木以外、一面真っ白に雪が積もっているだけ。
雲の上なのにどうして雪があるのか疑問だったけど、おそらく日によってはこの場所まで雲がかかるんだ。
「とは言ってもあまり時間はかけれないぞ? 君がくれたポーションの効果時間もあるし、帰りのことも考えないといけないからな」
「わかってる。なるべく早くー二十分くらいで終わらせるよ」
「調べるって何するんだ? あたしも手伝える?」
「えっと、じゃあまず花を一つだけ取ってもらえないかな?」
「はーい」
元気よく返事をしたイルちゃん。
彼女は胸元のペンダントから猿舞を呼び出し、その肩に乗って高い場所に手を届かせる。
ちょうど私が想定していた方法だ。
私じゃ届かないし、トーマ君は周りを警戒してくれているから。
「よっと、これでいいの?」
「うん、ありがとう」
イルちゃんから花を手渡される。
触れた感触は、私たちが良く知っている花弁と変わらない?
でも明らかに冷たい。
氷に触れているみたいな冷たさを感じるし、微かに冷気を放っている。
「それをどうするの?」
「錬金術をつかって成分を解析するの。このままじゃどういう物かわからないから」
「へぇ~ 解析なんてできるんだ! 錬金術ってなんでもできるよね!」
「なんでもじゃないけどね。応用はできるよ」
話しながら私は、雪の上に錬成陣を描いていく。
ちょうど風もなく、雪も降っていない。
雪の上の落書きでも消えることはないだろう。
書き終わってから、中心に採取した花を置く。
それから錬成陣に手を当てる。
「始めるね」
いつもより低い声で、目を瞑りながら口にする。
暗にそれは集中したいから、その間は声をかけないでという意味。
通常の錬成とは違い、今回は解析目的で錬成する。
錬成過程の中に分解という工程があるが、その際、分解した素材の情報を読み取ることが出来るんだ。
それを応用するのが今からする解析。
分解にかかる時間は短い。
そして分解後の再構築に移らなければ、素材は消滅して消える。
つまり、解析目的の場合は必ず素材を無駄にするということ。
成分を知らなくても、ただ分解するだけなら簡単だったりする。
ほんのわずかな時間で分解した素材の構造を理解しなくてはならない。
「主成分は……桜と変わりない? でもやけに水分が多い。それに一部が鉱物化して……」
解析は途中で、分解が完了してしまった。
わかったこともあれば、完璧にはたどり着けなかった感覚もある。
今の一回じゃ足りなかった。
「ごめんイルちゃん、もう一つ、ううん二つ取ってきてもらっていい?」
「わかった」
本当は一回で把握したかったけど、さすがに新しい素材は難しいな。
結局その後、二回追加してようやく構造を理解した。
「わかったよ」
「何がわかったんだ?」
「この桜は、成分的には普通の桜と同じなんだけど、環境に適応するために鉱物の要素を取り入れてる」
「鉱物だって? じゃあこれは……植物じゃなくなっているのか?」
トーマ君の問いに対して、私は首を振る。
完全な否定ではなく、それも間違いではないという意味で。
「正確には、半分植物だけど、半分は鉱物になってるってこと。永遠に咲き続けるのは、どちらの構造も取り入れているから。文字通り枯れない花だね」
「植物だけど鉱物……そんなことが起こりえるんだな」
「なんかあれだね。錬金術みたいじゃない?」
軽い口調でイルちゃんが言う。
まさにその通り。
これは自然でありながら、錬金術によって生み出された全く別の存在。
山頂の環境が生んだ新しい可能性。
「自然の神秘だよ。お陰で私のやることが一つ減っちゃったけどね」
「そうなのか?」
「うん。もうこの桜が新しい物質として完成されてる。この花を起点にすれば、私が作りたい物も簡単に作れちゃいそう。それだけじゃなくて、これを栽培出来たらポーションの素材に使えるかも」
「それは凄いな。栽培となると中々……いや促進剤があるのか」
そう。
育てるだけなら難しくない。
あとは半分鉱物のこの植物を種にしたときに、促進剤がどれほど効果を発揮するのか。
その辺りは今後調べていくとしよう。
「花をいくつか採取して、種に作り替えて持ち帰ろう。枝は傷つけないようにしてね」
「了解だ。だそうだぞ? イル」
「わかってるって」
これで要素は揃った。
美しい景色も見れて、自然の神秘にも触れられて。
本当に、ここに来て良かったと思う。






