35.馬鹿すぎだろ
雪が降り積もり足に絡まる。
視界は吹雪で遮られ、喉を通る冷たい空気に肺がきしむ。
あと一歩、もう一歩出せば固まってしまいそうな感覚に襲われた。
そんな時、不意に視界に入った洞窟に飛び込んだのは、自分の身を守りたかったからだろう。
「イルミナ!?」
「お、お前! なんでここに……」
そこに彼女はいた。
身体を丸めて、ちょこんと座っていた。
目の下は真っ赤になっていて、たくさん泣いたあとが残っている。
俺を見た彼女は驚いて、立ち去ろうと身体を動かす。
ただ、身体も限界だったのだろう。
彼女は動くのを止めて、顔を隠すように丸まった。
「……なにしに来たんだよ」
「そんなの探しに来たに決まってるだろ?」
「なんで探すんだ。あたしなんていないほうがお前も良いだろ? お前を蹴ったり、文句ばっかり言ってるあたしなんて」
彼女から聞こえたのは自虐だった。
悪いことをしている自覚があって、嫌われることを考えていることに驚く。
彼女は最初から、自分のやっていることが間違いだとわかっていたんだ。
それでも受け入れられなくて、認めたくなくて悪態をつき、感情が高ぶって家を飛び出したのか。
「ったく、子供なのか大人なのかハッキリしろよな」
「は? 何言ってんだよ」
「ふぅ、とにかく帰ろう。みんなも心配してる」
「うるさい!」
彼女は俺が差し伸べた手を払った。
パチンと音がする。
勢いはあったけど、全然痛くはなかった。
普段の彼女ならもっと力強く払っただろう。
今のやりとりで、彼女が弱っていることを確信する。
「意地を張るなよ。こんな場所にいたらいくら君でも風邪じゃすまないぞ」
「だからなんだよ! お前には関係ないだろ!」
「関係ないわけあるか。同じ家で暮らしてる家族なんだ。心配するのは当たり前だろ」
「何が家族だ。血も繋がってないし、ちょっと前に来たばっかりの癖に」
涙目で彼女は俺を睨む。
そこを言われると、その通りだと思ってしまう。
確かに俺は新参者で、彼女とも……いや、誰とも血は繋がっていない。
血のつながりを家族と呼ぶなら、そこに俺は当てはまらない。
だけど……
「あーそう。だったらもうわかった」
「……」
「君がそういう態度で来るなら、俺も無理やり連れて帰ることにするよ」
「へ……?」
俺は言葉通り強引に、彼女を抱き上げ、体勢を変えて背負う。
思っていたより軽かった。
「な、何すんだよ!」
「このまま帰るぞ」
「なっ、離せよ! あたしは帰るつもりなんてないんだ!」
そう言ってじたばた暴れる彼女だったが、その抵抗は弱々しかった。
背中で暴れられても大して影響のない程度。
かなり弱っている状態なのは明白で、一刻も早く温めてあげないと大変なことになる。
幸いなことに魔力はまだあったから、彼女ごと結界で包んで寒さから身を護ることにした。
「離せ降ろせよ!」
「嫌だ」
「なんだよお前……」
「名前忘れたのか? 俺はトーマだよ」
イジワルに聞く。
すると彼女は面食らったような顔……は、後ろにいるからわからないけど、たぶんそんな顔をしたのだろう。
「ば、馬鹿にしてんのか!」
「してないよ。ただ君、俺の名前なんて覚える気なさそうだったし」
「そんなわけないし。人の名前くらい覚えてるっての」
「そう? なら良いけどさ。屋敷まで距離があるし、きつかったら言ってくれ。なるべく急ぐから」
かくいう俺もギリギリだった。
覚えたての魔法を駆使して、何とか寒さをしのぎ身体を動かしている。
気を張っていないと倒れてしまいそうなくらいだ。
「……なんで、助けるんだよ」
「言っただろ? 家族だからだ」
「だからあたしは家族じゃ」
「家族なんだよ。君はそう思わなくても、俺はもう勝手に家族だと思ってる。そもそも俺は孤児で、本物の家族なんて知らないし、わからない。君のいう血のつながりが家族の証なら……俺には……そんな人はいないんだ」
両親の顔も、名前も知らない。
物心つく前に捨てられ、孤児として育った俺には、本物と偽物の違いなんてわからない。
「俺は孤児として育った。同じような境遇の人たちと一緒に、助け合いながら生活してきた。一人じゃなかったからかな? 辛いとは思わなかったよ。一緒にいて幸せだったし、楽しかった。血のつながりなんてないけど、俺はみんなを家族だと思ってた。今でも……」
離れ離れになってしまった人たちも多い。
それでも俺にとって、共に時間を過ごした彼らは大切な存在だ。
たとえ離れていても、決して忘れることはない。
大切な……もう一つの居場所だ。
「なら……ずっとそこにいればよかっただろ」
「それは出来ないよ。あそこはあくまで仮宿だ。いつか旅立つための準備をするための場所でもある。俺以外のみんなも、新しい家族の元へ旅立った。あの場所は好きだったけど、新しい家族を手に入れるみんなを羨ましいとは思ったんだ」
家族の一員として迎えられる。
それはまるで、自分を必要とされているみたいに。
だから戸惑い以上に嬉しかった。
義父さんが俺を選んで、声をかけてくれたことが。
「俺は、俺を見つけてくれた義父さんに恩返しがしたいんだ。そのためなら何だってやる。付き合いは短いけど、俺は義父さんが大好きだよ。君と同じように」
「……」
「俺を嫌いでも構わないよ。でも、君も俺も、義父さんのことを大切に思っていることは同じなんだ。そして何より、義父さんも君のことを大切に思ってる。義父さんにとって大切な人なら、俺にとってもそうなんだ。だから何があっても見捨てない。何度跳ねのけられたって手を差し伸べる」
「……なんだよそれ。馬鹿じゃないの」
馬鹿……か。
そうかもしれないな。
俺は小さく笑う。
「馬鹿でも良いよ。家族を守るためなら、俺はいくらでも馬鹿になるさ」
「……馬鹿過ぎだろ……トーマ」
彼女は俺の背中で寝息を立てる。
安心したように。






