34.あの頃の二人は
イルちゃんの案内で洞窟を発見する。
洞窟というより穴と呼ぶべきだろうか。
中に入ると研究室と同じくらいの空間が広がっていた。
特に何かが住んでいるわけではなく、奥に続く道もない。
モンスターに襲われる危険もなく、寒さをしのぐには十分な環境だ。
「明日は早朝から再開して一気に山頂を目指すぞ。夕方までにはここへ戻ってこないと、他に休む場所もないからな」
「わかった」
「はーい。じゃあもう寝たほうが良いよな? ちょっと失礼して」
トーマ君の隣にちょこんと座ったイルちゃんが、彼の膝に頭を向けて寝転がる。
「おい、イル」
「良いだろ? あたし座って寝れないし、地面とか硬いんだもん」
「はぁ、仕方ないな。でも足がしびれたら退かすかもしれないからな」
「退かしたら思いっきり蹴飛ばす」
「脅しじゃないか」
なんて言いながらもトーマ君は特に抵抗しない。
むしろ彼女が眠りやすいように体勢を整えてあげていた。
「すぅー……」
「もう寝ちゃったの?」
「みたいだな」
寝転がってものの数秒で寝息を立て始める。
よほど疲れていたのか。
それとも、彼の膝の上がそれだけ心地良いのか。
「気持ちよさそうな寝顔」
「こうしてると可愛いんだけどな。普段から生意気ばっかり言うし、よく蹴られるし」
「ふふっ、二人とも仲良しだよね。兄妹みたいだなーって思って見てるよ」
「兄妹か。確かにそんな感じだな」
トーマ君は眠ったイルちゃんの頭を撫でる。
サラッとした髪に触れると、イルちゃんはくすぐったそうにする。
そんな仕草も可愛くて、見ていて和む。
しっかり者のイルちゃんだからこそ、子供らしさを感じると思わずホッコリさせられるね。
「羨ましいな~ 私もイルちゃんともっと仲良くなりたいよ」
「今でも十分仲が良いと思うけど?」
「そうだけどさ。私も皆みたいになりたい。兄妹というか、家族かな? そんな風に見えるんだ」
「家族……そう見えてるなら嬉しい」
トーマ君は優しい微笑み方をする。
ただ嬉しそうってわけじゃなくて、色々あったんだろうなと思わせる表情を。
「トーマ君?」
「ん、あーごめん。昔のことを思い出してな」
「昔のこと?」
「ああ。今でこそ打ち解けてるけど、昔は仲が悪かったんだ。顔を合わせる度に喧嘩してたくらいには」
「そうなの?」
トーマ君はこくりと頷く。
二人の仲が悪かったなんて、今を見ていると想像できない。
「それってトーマ君が引き取られてすぐのこと?」
「そうだよ。俺がこの領地に来たのは五年くらい前、ちょうど君が宮廷付きになったあたりだ」
私は頷きながら聞く。
その辺りから、彼と会う機会がなくなったことを思い出す。
「当時はいきなりで、俺も動揺してたな。なんで俺が……とか思ったりした。けど義父さんの人柄に触れて、この人に引き取られて良かったって思ったよ。今でも自慢の父親だ。俺はあの人みたいな領主になりたい」
彼は自慢げに語る。
私の知らない過去を思い出し、懐かしみながら、時に切なげに。
「本当に素敵な人だったんだね」
「ああ。屋敷の人間はもちろん、領民にも好かれていたよ。そして、イルにとっても義父さんは特別だった。こいつは父親を早くに亡くしてるんだ。だから小さい頃から、義父さんがイルの父親代わりになってたんだよ」
イルちゃんの父親は、彼女が生まれてすぐに事故で亡くなったらしい。
彼女が一歳にも満たない昔の出来事。
だから彼女は、自分の本当の父親の顔を知らない。
そんな彼女に寂しい思いをさせないようにと、トーマ君のお義父さんは父親のように振舞ったそうだ。
「すっごい懐いてたんだぞ? むしろ懐きすぎてて、俺が義父さんと話してるだけで嫉妬してたくらいだ」
「そんなになんだ! あ、じゃあそれで仲が悪かったの?」
「正解。他所からきて、いきなり領主の息子になった……って知ったらヤキモキするよな? 大好きだからこそ余計に」
「そっか」
微笑ましい理由にホッとする。
私はトーマ君に、どうやって仲良くなったのか尋ねた。
すると彼は、この洞窟が理由の一つだと語る。
「どういう意味?」
「家出したって言ったろ? その家出先、イルが隠れてたのがここだったんだよ」
「えぇ? 一人で山を登って中腹まで来たってこと? それに当時ってことは、イルちゃん何歳だったの?」
「今が十四で、四年くらい前だから十歳かな」
十歳?
十歳の女の子が一人でこんな山に家出?
もうスケールが違い過ぎて言葉が出ないよ。
「家出の原因は、義父さんがイルを叱ったんだ。俺に出ていけーとか言いまくっててさ? それにいい加減にしなさいって怒ったんだよ。そしたら……」
あたしよりこんな奴のほうが大事なんだ!
おじさんなんてもう知らない!
「――って言って、屋敷を飛び出したんだよ」
「それでこの山まで……イルちゃんの行動力ってすごいよね」
「全くな。総出で探して、全然見つからなくてさ。あの時は焦った……もし彼女に何かあったら、俺がこの領地に来たせいで……そんなの嫌だろ? だから必死に探したよ」
街での情報を聞き、彼女が山のほうへ向かったとしったトーマ君は、一人で探しに出てしまったそうだ。
イルちゃんも凄いけど、トーマ君の行動力も凄い。
というより、平気で無茶をする性格は変わっていないみたいだ。
「一人で大した準備もなく山なんて登ったからな。正直死ぬかと思ったよ。あの頃から魔法を特訓をさせられてて命拾いしたよ。イルを見つけれたのは偶然だ。中腹まで来て、偶々この洞窟が目に入ったんだ」
本当に運が良かったと彼は言い、続きを語る。