33.クリスタルバレー
クリスタルバレー。
領地の北側にそびえたつ山脈。
そのうちもっと高く険しい山を指す。
「どうしてクリスタルって名前か知ってるか?」
「ううん、理由があるの?」
「あるぞ。山の天辺、あそこが一年中吹雪が続いてるんだが、稀に晴れて雲がかかってない時があるんだ。その時に外から見ると、宝石みたいにキラキラ光って見えるんだよ」
「へぇ~ 見てみたかったな~」
と、語りながら上を見上げる。
山頂は雲にかくれて輪郭すら見えない。
私たちは今、クリスタルバレーの頂上を目指して山登りの最中だ。
話が出た二日後、準備を整えて出発して現在に至る。
ちなみにシュンさんも参加する予定だったけど、街のほうでも熱中症で倒れる人がたくさん出てしまって、そっちの対応に勤しんでいる。
今頃は、私の作ったポーションを配っているだろうか?
というわけで、今回は私とトーマ君の二人だけで登山に挑む……
「しっかし寒いな~ 街と正反対だ」
「当たり前だろ。こっちは雪が降ってるんだからな」
「そんなん知ってるし」
「そうですか」
ではなく、イルちゃんも同行している。
三人とも登山用にモコモコの服を着こんでいた。
出発時点は地獄のような暑さだったけど、山の麓にきたあたりから急激に寒くなって丁度良い。
「でも意外だったな。イルも参加したいって言うなんて」
「今のあたしはリア姉さんのお手伝いだからな! リア姉さんが行くならあたしも行くし! てかそうじゃなかったら、シュン兄が二人だけで行くなんて許可しなかったぞ」
「まぁそうだろうな……あいつ、自分が参加できないってわかった途端悔しそうだったな~」
「今頃シュン兄は複雑な気持ちで走り回ってると思うぞ~」
二人とも意地悪な笑みを浮かべていた。
本当に仲良しだな。
素直に羨ましいと思いながら、私は雪の積もった地面を踏みしめる。
硬い地面ばかり歩いてきた私にとって、雪の上を歩くのは不思議な感覚だった。
踏んだ瞬間沈みこんで、足を上げようとすると雪が邪魔をする。
単純に歩きにくいし、重い。
ただでさえ山道は斜めで大変なのに、雪にも邪魔されたら体力が心配だ。
最後まで登り切れるかな……
「大丈夫か? アメリア」
「え、うん。まだ全然平気だよ。二人こそ平気? 寒かったらいつでも言ってね」
登山に備えて寒耐性ポーションを用意してきた。
熱耐性ポーションと同じで効果は五時間くらいしか持たないけど、登山の行き帰り用に数も用意したし大丈夫だろう。
聞いた話によると、頂上は息も凍るくらいの寒さだとか。
想像するだけで身体がぶるっと震える。
「アメリアこそ寒いんじゃないか?」
「ううん、今のは想像して……あ、でもちょっと寒くなってきたかも」
「麓よりは寒いな。中腹に差し掛かる頃にはまた一段と寒くなるし、斜面も険しくなるぞ」
「思っていたより大変そうだね」
二人に迷惑をかけないように頑張らないと。
心の中で強く思う。
「だからって無茶はするな。倒れるくらいなら引き返す。休めるならちゃんと休む。いいな?」
「わかってるよ」
トーマ君は心配性だな。
私的には、トーマ君のほうが無茶しそうだけど。
「おーい、二人とも遅いぞ~」
「イルが速いんだよ。あんまりはしゃぐと後でばてるぞ?」
「こんくらいあたしは平気だからな!」
そう言ってイルちゃんは雪の斜面をぴょんぴょんと跳ねる。
寒さなんて気にしていない様子。
「イルちゃんは元気だね」
「あいつに寒さは効かないからな。そういう意味じゃ俺より元気だよ。たぶんイルにはポーションも必要ないだろうし」
「いやいやいや、さすがにそれは厳しいんじゃ」
「見てればわかるよ。ああ……寒いと身体がかじかんで節々が痛くなるな」
逆にトーマ君がお爺さんみたいなことを言う。
イルちゃんが子供だから体温が高いとか、だから平気だって意味で言ってるのかな?
そうだとしても、山頂に近づくころには寒さも倍になっているだろうし。
彼の意味深な発言にモヤモヤしつつも登山を続ける。
山頂までは遠い。
斜面を歩き、雪の感覚にも慣れながら進む。
ようやく中腹にたどり着いた頃には、西の空に夕日が沈みかけていた。
「もう日が沈む。一旦この辺りで野宿だな」
「えぇ~ まぁ仕方がないか。夜は真っ暗で危ないしな」
「そうだぞ。それに、イルは元気かもしれないが……」
「はぁ……疲れた」
二人の視線が私に向けられる。
「見ての通り、彼女は休んだほうが良いだろ?」
「リア姉さん体力ないんだな」
「うぅ……返す言葉もありません」
仕事の大半が部屋の中で、動き回るとしても大した距離じゃないし。
その程度の運動で体力はつかないんだとしみじみ実感する。
「でも、野宿ってここでするの?」
「いいや。この辺りに洞窟があるんだよ。そこで一夜を明かそう」
「洞窟?」
「ああ。場所は俺よりイルのほうが詳しいと思うぞ。な?」
イルちゃん?
私が彼女に目を向けると、なぜかムスッとされてしまう。
私にじゃなくて、トーマ君に。
「なんでイルちゃん?」
「それはな、昔イルが家出するーって言って飛び出した先が、このクリスタルバレーだったからだよ」
「え……えぇ!?」
家出?
そこより家出先がここ!?
「ど、どうして?」
「そんな昔の話は良いだろ! ほら二人ともさっさと行くぞ!」
「え、ちょっ……」
「ははっ。悪いなアメリア、また後で話すよ」
そそくさと先へ行くイルちゃんの後を二人で追う。






